ファーマ

 オーミナガハマ市の目的地に到着した時、日は暮れて周囲には夕闇が迫ってきていた。カルキノス教団の本拠地は、湖畔にある現在使われていないオーミナガハマ城にあるという。いきなり本丸に突入する手もあるが、カルキノスハンターの任務は、あくまで信仰対象となっているケプラーノコギリガザミを始末する事。出現する個体は一体だけのようだが、どうやっておびき出すべきか……。


 ヒコヤンは車から降りて周辺の偵察に向かった。装甲殻類カルキノスの出現率が高い湖岸沿いは全くの無人で、建物があっても破壊されているか、明かりが灯っていない状態がほとんどである。注意深く観察すると、カルキノスのものと思われる独特の足跡が所々に残されていた。

 視界を拡げてよく見ると遙か向こうにある岬の一点に、ぼんやりとした光に包まれた場所があった。


「地図によるとアネ川の河口部か……街に行くよりいいだろう。確認がてらに行ってみるか」


 アスファルトの綻びを巧みに避けつつ、リトラクタブルライトを上げたロードスターを運転していると、岩山のような不気味な影が消え入るような落陽の中、徐々に姿をはっきりさせてきた。車で流している間は全く気付かなかったが、その岩山は極めてゆっくりではあるものの、陸の船のごとく照明に向かって場所を移動させていたのだ。


「――2本の触角?! ケプラースケーリーフットか。珍しいな」


 殻の全高が5メートルほどにもなる特大の鱗カタツムリだった。死んだ後の螺旋状の貝殻は、あのサバクオニヤドカリの住み家のベースとなり、ケプラー22b最大のカルキノスが更に巨大化するための礎になるという。


「キャー……!」


 オープンカーが巻き込む風音の隙間から、女性の叫び声が聞こえてくるのをヒコヤンは聞き逃さなかった。

 仰ぎ見るとスポットライトの中、丸い鳥籠のような物が木の柱から吊り下げられている。閉じ込められている若い女性がケプラースケーリーフットに柱ごと踏み潰されそうになっているのだ。奴は草食性なので単純に明かりに向かって引き寄せられているのだろう。食われなくてもその下敷きになれば、哀れ女性は窒息・圧迫死してしまうはず。


「待ってろよ……止まれ! 止まるんだ、化け物め!」


 ヒコヤンは3メートルほどの木製鳥籠電柱の前にロードスターを急停車させると、銃を背負ってケプラースケーリーフットの前に立ちはだかった。


「進路を変えるんだ!」


 腰に吊っているに湾曲したグルカナイフを抜き、スケーリーフットウロコ足の体表面に斬りつけた。瞬間、火花が散ったかのように錯覚するほど、軋る金属音が闇に響き渡る。お化けカタツムリが鎧のように纏う金属質の鱗は、黒っぽい硫化鉄でできているらしい。ちょっとやそっとの斬撃ではビクともせず、傷一つ付けられない。この鉄の鎧がカルキノスの攻撃から柔らかい身を守っているのか……。


「ならば、こっちでどうだ!」


 カルキノスハンターは、背の方に回していたH&K G3SG/1のセレクターをフルオートにして構えた。ボルトアクション式のアリサカとは違い、いざという時に連射できるのが強みである。

 奴の金属光沢のある巨大な殻は、鱗と同様に硫化鉄でコーティングされており、驚いた事に数発の7.62mm弾を滑らせて直撃から守ったのだ。一方で命中したライフル弾は分厚い殻に綺麗な穴を複数穿ち、ケプラースケーリーフットの緩やかな進撃を止める事に貢献した。

 ピンク色の気味の悪い触覚を苦痛に歪め、ヨロイウロコマイマイは元来た道を粘液まみれにしながら辿っていくように湖へと反転したのだ。

 

 


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