ティア
真白いライダースジャケット風戦闘服にアイデンティティーの赤いヘルメットを抱くのは、カルキノスハンター・ヒコヤン。
彼は幅20メートルにも及びそうなケプラー22b総督府の正門前――ほぼ中央に歩を進めた。金色の長髪と腰下までの外套に熱い風をはらませながら石畳を踏み締めると、オーミモリヤマ市・市章がデザインされた門扉の中央が左右に割れ、はるか彼方にまで道が開けた。
改めて見上げると、古風な石垣の上に建つ総督府の威厳に満ちた姿に圧倒される。何とも不可解な意匠で、時計台のある石造り階より上方には、ガラスがはめ込まれた骨組みが、まるで重力を無視するかのように天高くそびえ立つのだ。
「何とも悪趣味な建物だな……」
S級に昇格を果たし丸3年目を控えたヒコヤンであるが、この地を来訪したのは他でもない。……ケプラー22bの各コロニー都市を統べる総督府から緊急招集がかけられたのだ。オーミモリヤマ市は彼にとって馴染みも薄く、荘厳な首都周辺は特命でもなければ、まず寄り付かないエリアなのである。
すぐ集まってきたアマゾネスの衛兵に背負いのアリサカ38式ライフルを没収されそうになったが、S級奴隷を証明する免許証を出すまでもなかった。
「……! あなたは名高いカルキノスハンターのヒコヤンですね、部下が大変失礼をいたしました」
「いえ、ここから総督府内は武器携帯禁止でしたね。どうか私の銃を預かってもらいたい」
黒ジャケットに白ライン入りのズボンをはいた女性の近衛兵に伴われて暫く行くと、スーツ姿の50代くらいの男性に迎えられた。壮年の男は目尻に深い皺を刻んで笑顔を見せたのだ。
「おお、ヒコヤンだね、久方ぶりかな? オーミヒコネ市からよく来てくれたものだ、歓迎するよ。相変らず君は男前だね」
ヒコヤンは知っていた。この髭面の男がゴールドマン教授である事を……地球から来た植民惑星査察団の一員で、中央政府に巧みに取り入り、即位したばかりの若いデュアンⅤ世の傍に付いて指南役までしているという。B級奴隷出身で生誕時より身分差に辛酸を舐めてきたヒコヤンは、アマゾネス達に最初から特別扱いされた胡散臭い教授に、あまり良い印象を持っていなかった。
「中央ホールに向かおう。新総督に謁見できるかもしれないぞ。君は前総督に見出されてS級に昇格したはずだったね」
「ええ、男の身分に生まれた私ですが、誠に光栄な事です」
瀟洒な造りのホールに二人が入るやいなや、中学生くらいの派手なドレスに身を包んだ少女が飛び出してきた。息を飲むほどに美しい少女は、ヒコヤン同様の金髪に病的なまでの白い肌を輝かせていた。
「そなたがヒコヤンか! 待っておったぞ。噂通りの良き男なのか試してみたいものだ」
赤いメットを小脇に抱えるヒコヤンが、どう対応してよいのか躊躇していると、ゴールドマン教授は彼女をたしなめた。
「デュアン総督、彼はB級奴隷などではありませぬぞ。母君がS級に昇格させた希有な人物なのです」
見目麗しい総督は、体を硬くしたヒコヤンに対し更に親密なボディタッチを仕掛けてくる。
「そんな事は分かっておる! 母のお気に入りは、私のお気に入りじゃ。さあ、二人だけで寝室に行き、カルキノス退治の話でも私に聞かせい」
「そんな……畏れ多いですが、総督のご命令とあらば」
「これこれ! 貴殿まで何を言うのですか。デュアン様、客人に対して失礼が過ぎますぞ」
頬を赤く染めるデュアンは側近の手により、退去させられそうになっている。
「嫌じゃ! もっと話をさせろ! 私のS級奴隷であるぞ!」
がんじがらめの幼い総督は、自由人となったヒコヤンの目にも哀れに映った。
「ヒコヤン殿、総督は見ての通りあまりに若く、メンタル面においても不安定な所が目立つようだ。どうか数々の無礼をお許し願いたい」
両足をバタバタさせながら控え室に担ぎ込まれる総督を見送ると、ヒコヤンはゴールドマン教授に彼女から距離を置くように言われた。
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