エルナ


「君は男の目から見ても格好良すぎるのだ。色恋沙汰に不慣れなデュアン総督なら、一瞬にして心を奪われかねない。それは自分でも分かっているだろう?」


 理不尽なゴールドマン教授の言葉に、ヒコヤンは否定も肯定もせずニヒルな笑みを浮かべた。カルキノスハンターは明日をも知れぬ命。この世で最も危険性の高い職業で、実際何人も殉職した仲間達を知っている。妻になる人はすぐ未亡人となり、その子供達は父親の顔も知らずに成長する事となるだろう。つまり決して恋人にしてはならない、修羅世界の住人なのであった。


「教授、幾らなんでも私を買い被りすぎです。あまりに過大評価だと思いますよ」


「フフフ、そうかね?」


 意味深な笑みを返したゴールドマン教授は人払いするためか、ヒコヤンを総督府地下まで案内するという。デュアン総督の裏事情といい、この男は色々隠し事を持っている、と勘の鋭いヒコヤンは思い至ったのだ。




 地下へと続くエレベーターは荷物用で、簡素な造りのかごは傷だらけの上、利用する人もいなかった。低速エレベーターで騒音はそれなりだったが、ちょっとした個室だ。


「総督からの特命を私が代理で伝える事となっている。ここなら盗聴やカメラの目も届かないので好都合だ」


「ゴールドマン教授、自分は監視されていると?」


「地球人で元祖S級奴隷にして奴隷長。総督府に出入りする男として、アマゾネス達から危険分子として見なされるのも仕方のない事だろうよ」


 ヒコヤンは腰に手を当てて同意した。総督府スタッフに提出した愛用のグルカナイフが吊られていない事に一抹の寂しさを覚える。


「手短に話そう。北部のオーミナガハマ市にケプラーノコギリガザミが出現するのは知っているね?」


「ええ、ここ最近なりを潜めていましたが、新種の大型装甲殻類カルキノスですね。私も一度しか目撃した事がありません」


「実はオーミナガハマ市に、そのケプラーノコギリガザミを神の使いとして崇める“カルキノス教団”が現れたのだ。情報筋によると、カピタン鈴木とかいう湖賊が教祖に収まっているらしい」


「つまりカルキノスハンターの仕事として、その神の使いを倒してこいと」


「教団を調査し、ふざけた名前の教祖様を暗殺するのが依頼だ」


 ヒコヤンは軽く眼を閉じた後、ゴールドマン教授に躊躇することもなく嘯いた。


「お断りいたします。たとえ総督からの特命でも」


「……それでいいのかな? 総督の命に逆らうとS級の称号が取り消しになるぞ」


 教授からの脅し文句にヒコヤンは無言で答え、動じる事もなく長い髪を揺らせた。


「フッ! さすが前総督が見込んだ男だな、ますます気に入ったよ」


 その時、エレベーターが総督府の地下深くに存在するファクトリーに到達した事をベルで知らせた。


「確かに教団の解体は君の専門ではないね、断るのは道理だ。……要するに対策の第一歩として神の使いを消すのが今回の指令と考えてもらっていい」


 厳重なセキュリティを何重も通過し、ゴールドマン教授に案内された地下ファクトリーは、目を見張るほど広大で近代化された設備だった。自己拡張していくというモジュールは、この星ケプラー22bをテラフォーミングし植民地開拓していくために必要な、あらゆる物資を開発・生産していく能力を有している。この階だけでなく地下数十階に至るまで、多種多様なファクトリーが昼夜を問わず無人稼動している事実にヒコヤンは愕然とした。


「驚いたかね? S級でもなければ絶対に見ることも適わない、ケプラー22b総督府の要となる心臓部だ」


「アマゾネスでも、ごく一部しか出入りできないのでしょうね」


「そうさ、君に見せたい物がある。何も強力な人食いカルキノス相手に貧弱な装備で立ち向かえと命令する訳ではないのだ」


 パーティションに仕切られた一角に、ゴールドマン教授の趣味丸出しの個人スペースが存在した。





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