デンボウスカ

 薄々感じてきたが、分かってきたと言うべきか……これって、もしや死ぬ直前の現象として有名な人生が走馬燈のように流れて見えるって奴じゃない? そうでないと説明がつかない。だって目の前に立っているのは死んだはずの兄だったのだ。

 兄は記憶の中にいる姿のままで、下士官にありがちな軍人そのもの。短髪で真っ黒に日焼けした逞しい四肢には無駄な肉が付いておらず、お化けのように青白くて弱々しいイメージなど全く備えていなかった。


「やあ、兄さん。久しぶり……」


「アツシ、頑張っているようじゃないか。兄として誇りに思っているぞ。でも、お前何やってんだ。こんな所で立ち止まっているヒマなんかないぜ。ほら、皆が待っている」


「ちょうどいい。兄さん、教えてくれ。俺のなすべき事を」


「馬鹿だな、俺が教えてやれるのは喧嘩の必勝法ぐらいだぜ、アツシ」


 兄はどこまでも兄だった。逆にそれが良かった、子供のころを思い出す。彼は少し寂しそうな笑顔を残して僕に背を向けた。


「待ってくれ、もう行くのか。何もそんなに急がなくてもいいじゃないか、もっと話そう」


「一つだけアドバイスしてやるか。兄として最後になるのかな。アツシ、自分の信じた道を突き進め。それが『自信』って奴だと思う。覚えておけ、自信のない者には誰も付いてこないもんだ。ただし死に急ぐなよ、俺みたいにな」


 言いたい事だけを綺麗に残し、兄は真っ白な世界の中に更に白く光る輝きをを放ちながら消えた。暗闇のはずなのに白いのは何でだろう。

 悲しい気分にはならなかった。むしろ逆の気持ちに包まれた感じだ。それは両親に次いで、もう一度会ってみたかった人と話す事ができたからである。




 しばらくすると不可解な音が聞こえてきた。音声じゃないのに聞こえてくる。ちょうどアレと同じだから別段驚かない。そう、脳に直接情報が送られてくる脳内通信テレコミュと同じ感覚で、同じ原理かなと思った。

 明らかに今までとは違うのは姿形がはっきりしないところだ。生物の姿をしてはいるが、それは点が動いた直線、直線が動いた面、面が動いた立体、立体が動いた物で構成されていた。

 コミュニケーションできるのだろうか。ラジオの周波数が徐々に合うように、少しずつ意味のある文章になってきた気がする。


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