ディド

 丸顔に黒い角眼鏡……確かフレネルさん。レンズの奥の表情は、恐怖に打ち震え、歯をがちがちと鳴らしているようだ。


「ひぃ! ご、強盗?!」


「おいおい、俺の顔を覚えちゃいないのかい?」


「銃を使って倉庫に侵入しておきながら何を言ってるの! 会社の物を盗みに入ったの?」


「違うよ。カクさんを助けに来ただけだよ……逆、逆! 取られたモノを取り返しに来ただけだ」


「嘘よ、デタラメ言わないで! アンタは銃で脅す強盗に違いないわ!」


 僕は溜息をついて、震えるフレネルを押し退けた。


「全く、話になんねーな!」


「待ちなさい! ここから逃げられないわよ!」


 涙でぐしゃぐしゃになったフレネルは、耳に響くヒステリックな声を上げるのだ。


「……お仕置きやでぇ……」


 その時フレネルの斜め下から背筋が凍るような声が聞こえた。


「きゃあああああああ!」


 カクさんはフレネルの腰ベルトに背後から食らい付き、力任せに引き倒すと堀に向かってズルズルと引っ張り始めた。サバクオニヤドカリ戦で牙を折ったとはいえ、まだまだ強靭な歯は健在だ。


「いゃあああああああ! 放して!」


 営業所の1階から半ケツ状態で、アスファルトの道路に尻を擦りながら10メートルほどの道路を横断する。


「やめて! パンツが破けちゃう!」


 フレネルの叫び声に似た懇願に、カクさんはやっとベルトから犬歯を外した。


「そっちのパンツは脱いでパンツ一丁になった方がいいぜ! 今から水泳の時間だ」


 カクさんは鼻で思い切りフレネルを押した。そこは先ほど彼が色々と放出した堀の上あたりだったのだ。

 短い悲鳴と共に、後ろに向かって転がったフレネルは、背中から数メートル下の深緑色の水面に落下した。


「ぎゃあああ! 何か踏んだああ! 糞だああ!」


 濁った浅い堀で遊泳中の声を聞いたカクさんは満足したのか、ふふんと鼻を鳴らして僕の方に駆けて来たのだった。



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