ルテティア
ようやくカクさんも本来の元気を取り戻したようだ。
「腹減ったな……しばらく食えそうなモノを探してたんだが、見付からなかったんだよ」
運転中だったが、フルオートにしてカクさんに冷蔵庫の中にあるものを差し出した。
「じゃーん! ケプラー22bで、最初の獲物だ。遠慮なく食えよ」
「私達も食べてみたけど、意外とイケるわよ」
僕とスケさんが深皿の上に盛ったものは、バナナザリガニの身で作った即席ブイヤベース風の一品。にんにくとサフランの香りが車内に広がった。
カクさんは目を丸くした。そして感謝の言葉の後に、冷めたままのブイヤベースに食らいついた。
「ぐぐっ! げぇ!」
「どうした? 口に合わなかったのか? 俺達は腹も壊さず、おいしくいただいたのだが……」
「口内炎にしみる~!」
「動物のくせに歯磨きのしすぎだ……」
「私の味付けに文句あるの? カクさん」
「いえいえ、スケさん、とんでもございません……は、はうっ!」
「今度は何だ? 尻尾を立てて」
「ぐぐぐ……腸内の固形物を外部に放出しに行っても、かまわないでしょうか?」
カクさんの尻尾の毛がみるみる逆立ってくる。
「何て忙しい奴だ」
彼は車から飛び出して、道路の端にある用水路に向かった。
停車中に窓を開けて辺りを見回すと、手入れの行き届いた耕作地が一面。かすむ市街地には、ひときわ目立つ病院やマンション群。その向こう……多分、駅反対側の彼方にキラキラする場違いとも言える建築物。そいつに気が付くのに時間はかからなかった。
「あれは恐らく、ケプラー22b総督府よ。首都にあるという植民惑星を統括する中枢官邸のはず」
スケさんは少ない情報から的確に分析を続ける。頼もしいなぁ……一方!
「ここいらに人の匂いはするんだが誰もいない。街の中心部まで行ってみる必要があるな」
カクさんは直感で行動するタイプなのか……。
彼の尻にはトイレットペーパーがくっついたままで、風に白くはためいていた。……正に文字通り風流な姿である。もし小林一茶が生きておられたら、思わず一句詠んでしまいそうなほど、神々しくも禍々しい光景であった。もっとも、これは僕も時々やらかすので、茶化す気も起こらないのだが。
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