ヴィクトリア
「ミッションタイム32:00ちょうど、分離成功。大気圏突入後の現地時間を推定すると、朝に到着なるかと思われます」
スケさんが報告する朝という概念は、宇宙を旅していると何だか忘れがちで懐かしい。地球時間というのも、もはや我々には重要な要素でなくなりつつあるが、記録することが至上命題なので、事細かくミッションの進捗状況を地球時間に合わせて残しておく必要がある。
スペースシャトル・ベンチャースター号は人間用に設計されているので、スケさんとカクさんには地表に着くまで、しばらくカプセルに入ってもらう事になった。カクさんは天井を蹴ってシートに近付き、調べるように匂いを嗅いだ。
「シャトルは、やっぱり狭いな。海外旅行のエコノミークラス並みだ。キャビンアテンダントさんの笑顔と尻だけが、せめてもの救い」
「今度はどんな妄想だ。アニマロイドは普通貨物室に詰め込まれてのフライトだろう」
「もうっ! いやっ! 我々にとって最高の屈辱」
スケさんは騒ぐカクさんを連れてカプセルに入った。
「専用の座席がないから仕方ないじゃない。トイレと食事は豪華でしょ」
僕はカプセルが、ちゃんと機能しているか確認をする。
「カクさんにはキャビンアテンダントよりも調教師が必要かも」
「なんだとう! いっぺん表に出ろやゴルァ!」
カクさんはカプセルの中で、謎のラジオ体操第二と創作ダンスを始めた。よっぽど悔しかったのだろう。巻き込まれたスケさんは、苦悶の表情を浮かべているのが透けて見える。
いよいよカウントダウンが始まった。
トライアングルのような外形をしたベンチャースター号の後部には、リニアエアロスパイクエンジンがずらりと並んでいる。暖気運転後に点火すると、推進力を得たシャトルはインディペンデンス号から徐々に離れていくのを体感した。
窓から確認できるインディペンデンス号の外観は縦長で、昔のリボルバー式の拳銃によく似ていた。ちょうど銃身に当たる部分がブリッジで、細長く前に向かって突き出ている。回転式弾倉であるシリンダーに当たるのが、同じく回転式の居住区画。大きな円筒形をしている事も共通しているな。遠心力で疑似重力を発生させる区画だ。
シャトルは拳銃のトリガーに相当する位置から発進したと言っておこう。宇宙揚陸艦らしく後部には貨物ブロックが存在し、大きな割合を占めているのが見える。更にその先には縦に並ぶエンジンが確認できるが、外部から観察できる機会はあまりない。グリップに当たる部分には、主砲や各種のウエポン・ベイが存在するはずだ。
……さらば、愛しの宇宙船よ。インディペンデンス号よ! 当分の間は戻ることができないだろう。
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