回転寿司に行ったらまず赤貝を食べてください!

奥多摩 柚希

プロローグ

「赤貝、美味しいですよー!」

「今朝も活きのいい赤貝、入ってますよー!」

「さあいらっしゃいいらっしゃいー!」

 春の夕暮れ。国内では最大級チェーンを誇る回転寿司屋の一店舗で、俺は声を張り上げていた。以上のセリフ、全部俺。

 俺以外の店員も、休むことなく声をあげているが、いずれも同じネタを繰り返し叫んでいる。社畜だ社畜だ!

 マニュアルとか新人研修とかで習う接客の度合いを遥かに越え、もういっそうるさいレベル。

 店の入口には店長のおすすめが書かれた黒板がある。

 三色のチョークを器用に使い分け、それなりの力量で描かれている絵の下、白チョークで書かれた文字。


 ――今日のおすすめ→→赤貝!


 ここ何日か変わらないその文章を横目に、レジを打つ。

「おっ、大間くーん。働いてる?」

 横から店長が話しかけてくる。

「一応尽力してますけど」

「頑張ってね、期待してるよ」

 つかれて隈の目立つ顔を両手でごしごしと拭って、店長は裏に帰る。言葉の威勢とは対称的だ。

「最後の一品、〆には赤貝!」

 店内をこだまするこの言葉は、同級生の必死の訴え。見苦しい。最後に赤貝を選ぶ人なんているのかよ。最後に食べるほどプレミアムな寿司ネタじゃないだろ。

 空調が効いた室内、平日なので行列も特になく、申し訳程度のお客さんが入っている。

「お会計、3240円になります」

 伝票を受け取り、三人家族の会計をする。ぴったり金額を受けとると、レジにしまう。しめて32皿分。

 その家族の帰り際、その母親が言う。

 ――なんでこの店、赤貝推しなのかしら……

 お母さん、知りたいですか?

 俺らがバカみたいに赤貝ばっかり売ってる理由。

 店長が疲れきってもう助けられないレベルになっている理由。


 それは、数日前にさかのぼる。

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