冬の寒さが厳しい3月の夜明け -Dawn of Mysteria-

神宮由岐 - hyukkyyy

第1話 序章 生きる価値と、幸せの基準

0 いつもと変わらぬ一日のはじまり

 その青年はいつもと変わらぬ時刻に家を出た。

 いつもと変わらぬ気持ちで、いつもと変わらぬ服装で。



1 序章 ―生きる価値と、幸せの基準―

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 生きるということは、難しい。

 生きる意味を見つけることも、難しい。

 そもそも、人間がこの世界で生きている意味なんてあるのだろうか?

 神はこの世界をご覧あそばれて、人、一人一人に意味を平等に与えているのだろうか。



 そんなわけはない。

 もしかしたら、神はいるのかもしれない。いないのかもしれない。

 神の存在を肯定するわけでもなく、否定するわけでもない。

 生きる意味はあるのか、という問いに返す言葉と一緒だ。

 ただただ、答えるのは難しい。ただ、それだけのことだ。




 生きる価値を見つけるというのが、とても難しいと、中学3年生のときに気がついた。ある出来事が起きて、生きる価値というものを見失ってしまったのだ。元々、明確な生きる価値というものを知っているわけでもなかったし、意識したこともなかった。ただただ、気付けば自分に生きる価値というものが欠落してしまっていた、それだけの話だ。風船にピンポン球並の穴をひとつぽっかりとあいてしまったかのような、そんなもの。



 そこから空気が漏れてしまったら、風船はたちまち萎びてしまう。今の自分がまさにそんなものだった。存在する価値のない、萎びた風船のような存在。そんな自分でも、生きることはできるんだなと苦笑したことがあった。生きる価値とは、生きる目的とは、一体どこにあるのだろうか? 歩いて道端を探せば、それは見つかるものなのだろうか? でも、残念ながらそれは歩いていたら偶然道端に落ちているようなものではないことぐらい、僕には簡単に理解することができた。生きる価値というものは、往々にして、失くしてしまった、その瞬間にこそ理解できるものなのだとある日、ある瞬間、思い知らされた。その瞬間、僕は自我を失くし、獣になった。獣になり、別の獣を殺した。




 獣を殺した結果、僕は社会という枠から外れ、特殊という名の隔離施設へと飛ばされた。そこは、差別されるために存在する空間で、そこに属する人は例外なく差別された。そこは寂しく、荒れた場所ではあったが、同時に孤独を手にすることができた。僕は元々、孤独を愛する人だった。孤独ではあるが、戦後日本のように物が何も無い場所ではない。少し歩けば、自分が望むものを手に入れることができる。物はそこかしこにある。生きる価値とはまるで違う。物なんて、歩けば3分で手に入れられるものだ。それを手に入れることができれば、他には何も要らない。よくテレビでは物が豊かあるからと言って、人が幸せになれるわけではないとのたまっているが、僕から言わせてもらえばそれははっきり嘘であると言いきることができた。現に僕は、物がたくさんあるお陰で幸せであると断言できる。人と人との触れ合いは僕にはできない。特殊という名の隔離施設へ飛ばされているからだ。社会が僕を孤独にしているからだ。しかし、それ以上のモノと僕は触れ合っている。具体的に言えば読書だ。物語を、教養書を、自分が興味を持っている分野の本を、コツコツと読んでいる。ミステリ、ファンタジーの小説などが好きであったが、さらに加えて数学に人以上に興味を持っていたので、そちら関係の本も読んだ。すべてをどこまで論理的に考えることができるかどうかが、自分の中のひとつのテーマとなった。取捨選択、計算。それらを読んでいると、考えていると、、僕は満たされた。ゆっくり、ゆっくりと満潮に近づいていく海のように。これを幸せを呼ばずしてなんと呼ぼう。幸せなんだ、自分は。ただ、生きる価値がわからないだけで。ちょっとした迷子なのだ。この先300m歩けば、生きる価値がありますよ、という標識もなければ、案内してくれる人もいない。ここは、そういう世界であり、社会であり、世の中なのだ。

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