テイバンセッテイ~勇者と魔王~

たたら

勇者と魔王

はじまりはじまり

 人生とは、どこで転機が訪れるかわからない。だからその時のために、僕ができること、僕ができないことをを理解しておかなくてはいけない。

 とか、なんとか。そんな意味合いの事を言ったは僕の母だったか、父だったのか。

 よくは覚えていないけれど、そんな事を言った人だって、僕の今の状況は想像できなかったに違いない。

「どうかしましたか?」

 僕の目の前で、10歳程度にしか見えない幼女が首をかしげている。

 僕は彼女になんでもない。大丈夫だと答えてから、目の前のコップに口をつける。

 改めて、状況を整理していみよう。

 ルルネと名乗ったこの幼女が、僕の家を訪ねてきたのは、十数分前の事である。

 僕の家は山道の中腹から小道に入って一時間ほど歩いたところにある山小屋だ。

 来客自体珍しい話なのだが、幼い子供が一人でここまでやってきたのは、さすがに初めての事だった。

 彼女は、困惑する僕に向かって、同行者がいない旨と、重要な話があるから小屋の中に入れてほしい旨を僕に伝えてきた。

 突然の出来事に思考が停止していたのだろう。僕は言われるままにその要求を承諾して、彼女を室内に招き入れ、来客の礼儀として、お茶を煮出して彼女に差し出したのだ。

 ここまでは、まだいい。いや、幼女を一人、山小屋に連れ込んだ時点で、世間的にはアウトなのかもしれないが。

 それよりなにより、お茶を飲み、ひとごこちついた後に始まった、彼女の重要な話とやらが問題だったのだ。

「それで、一応確認なんだけど」

 僕の言葉に、はい、と幼女はうなずいた。

「君、えぇっとルルネちゃん? が、四代目の魔王で、僕がその魔王を討伐できる勇者だと、そういう話だったよね?」

「はい。間違いありません。あと、私のことは呼び捨てで結構ですよ」

 とても嬉しそうに、彼女が笑う。

 ふむ。と僕は頷いて、席を立った。なるほど、本当にそういう話ならば、僕のやることはたったひとつだけだ。。

「よし分かった。いいかい、ルルネ。今日はもう日が暮れるから、今日はここに泊まっていくといい。明日の朝に下山して、ふもとの村まで送り届けるよ」

 僕の提案に、ルルネは笑顔のままで頷くと、台所に向かう僕を追いかけるようにして立ち上がる。

「全く信じてませんね」

 笑顔のまま、ルルネが僕の手首を掴む。

「いやいや、信じてるよ。僕が勇者で君が魔王ね。大丈夫。ちゃんと信じてるよ。とりあえずご飯を用意して、そのあと君のための寝床も作らなきゃだから、ちょっとそこで待っててくれるかな」

 言いながら、空いた手で彼女の頭を軽く数度叩いてあげると、理解してくれたのか、ルルネは僕から手を放してくれた。

 ほっと胸をなでおろして、台所へ。彼女が僕の家を訪ねてきたとき、丁度、干し肉にしようとウサギを解体している途中だったのだ。丁度、内臓を取り出したところだったから、後はこの肉をサイコロ状にした後、塩を振って串打ちして焼けば、一応料理としての体裁は保てるだろう。

 本来ならば、客人にふるまうのなら、煮込んだりなんだりと、それっぽい事をするべきなのだろうが、残念なことに僕は料理ができない。

 山の中で一人暮らしなのだ。木の実だろうが、動物の肉だろうが、野草だろうが、とにかく焼くか茹でるか蒸すか干せれば食べれるようにはなるわけで。

 こんな事なら、何か料理を習っておくべきだったかなぁ。

 今は亡き両親の顔を思い出しながら、切り分けた肉を鉄の串に刺していく。

「あの」

 そろそろ火を起こそうかと火口箱にを開いたところで、背後から声がかかる。

 どうしたの。と首だけで振り返ると、ルルネが先ほどまでウサギを解体するのに使っていたナイフを片手に立っていた。

 その表情は真剣そのもので、このまま僕を刺しに来てもおかなしくないくらいのものだった。

 でも、それなら声なんてかけないよなぁ。

 とりあえず、刺激しないように両手を見せながらゆっくりと彼女に向き直る。

「それ、危ないよ」

 僕の声に、ルルネは手に持ったナイフを振り上げて。

「見てて、ください」

 

「え、ちょっ」

 力が抜けたルルネの手からナイフが滑り落ちて地面を叩く。続けて崩れ落ちるルルネに向かって、僕はあわてて手を伸ばす。

 とにかく、止血をしなくては。刺したのはお腹だったか。なら、傷口を水で洗い流して、縫合すれば血は止まってくれるだろうか。

 とにかく動かなければという思いと、どうしていいのか分らないと言う困惑がないまぜになって、僕の頭を混乱させる。

 とりあえず傷口を確認すべきだと、抱き留めた彼女の腹部を確認しようとしたところで、僕は動きを止めた。

 ルルネが、宙にさまよう僕の手を握りしめていたからだ。

「大丈夫。です」

 顔をしかめながら、ルルネは言う。

「もう、ふさがりましたから」

 言って、ルルネは自分の服をめくってお腹を出した。

 こびりついた血のせいで、見えにくかったのだが、たしかに傷口はどこにも見当たらなかった。

 握りしめた僕の手に力を入れながら、彼女は笑顔を作ってこう告げた。

「改めまして。私は四代目の魔王をやってます、ルルネと言います。勇者様に、お願いがあって、ここまで来ました」

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