第4話 奴隷競売

「ここが競売場、か」


 円形の、巨大なコロシアム状の建築物。暗闇の中松明や魔法による不思議な灯りにぼんやりと照らされた大きな影を見上げ、暢気に呟く。


「ここにジンカーの爺さんの孫娘が、ねぇ」


 そう。この建物は、奴隷を競り合う競売場だ。もうすぐ競りが始まるとあって、中に続々と人が雪崩れ込んでいく。その波に乗って、コオヤもまたゆうゆうと競売場へと入っていった。


 そもそも、何故彼がここに来たか。その理由は、今から少し前に遡る。


 孫娘が奴隷商に捕まった。その情報を聞いたジンカーの心にあったのは、諦めであった。

 この世界におけるエルフは圧倒的な被虐者であるが、その中でも更に二種類に別けられることになる。それは奴隷として優れた存在であるかどうか、だ。腕力や魔力、容姿など何かしらに秀でた点のあるエルフは、価値ありと判断され、奴隷として売買されることになる。

 逆にジンカーを始めとした多くのエルフ達は元々が劣悪な環境でやせ細っていることもあり、奴隷としての価値もないと半ば無視されるか、戯れに虐げられるか。だいたいはそんなところだ。


 奴隷として捕まった者は奴隷商によって販売され、死ぬまでこき使われることになる。反抗しようとすれば、売買の際にかけられた特殊な契約の魔法によって強烈な痛みを与えられ、それでも反抗をやめなければそのまま死に至るらしい。

 最も奴隷の大半は結局録でもない環境におかれ、主人からの暴力もしょっちゅうの為、どの道そう長くは持たないのだが。

 ともかくそんな非道な奴隷制度であるが、何よりの問題は一度捕まれば逃れる手段がないということだ。

 契約の魔法は非常に強固で、一度成立してしまえば魔法の得意なエルフでも解くことは出来ない。かといって魔法が掛けられる前に逃亡しようにも、奴隷商は皆用心深く、多数の警備や用心棒を雇っており、自力にしろ誰かに助けてもらうにしろ困難を通りこして最早不可能。

 結局、捕まればその時点で全て終わりという訳である。後は少しでも生きながらえることを願いながら、人間の玩具にされ続けるしかない。

 だからこそ大切な孫娘が捕まったというのに、ジンカーは助けに行こうなどとは思わなかったのだ。他のエルフ達など言うまでもない。誰もが絶望と諦観に支配され、仕方が無いと慰めあう。どうしようもないことだ、と若いエルフがジンカーに語りかけていた。

 それを受けて悔しそうにし、しかし結局は何をするでもないジンカー。そんな彼等を見て、コオヤは少々の呆れを感じていた。


(くだらない誤魔化しばかり。どうせならもうちょっと、馬鹿みたいに突き抜けて行動してみりゃいいものを)


 基本、自身の感情――心に従い、無茶苦茶な行動も平気でとる彼にしてみれば、彼等エルフの態度はどうしようもなく情けなく映った。


(これから先、いつまでもこうして虐げられて生きていくのかね。あるいは、来もしないチャンスって奴を待っている……いや、待ってる振りをして、絶望を誤魔化し続けるのか。どちらにしろ、俺には理解できんな)


 それ位だったら、潔くぶつかって死ぬ――迷い無くそう言えるコオヤは、非常に限られた存在なのだろう。大半の人間、いやエルフは、彼のような強い心など持ち合わせてはいないのだから。


「聞いた通りなら、今夜の競売にかけられるそうだ」


 考え込んでいる間にも話は進んでいたらしい。若いエルフの言葉に、いつの間にか集まっていた他のエルフ達が騒ぎ出す。


「競売か……」「悪趣味な人間共め」「私の夫も、そこに出されるらしいわ」「家の娘もだ」「私のお父さんもよ」「何てことだ」「どうしようもないのかよ」

「ジンカーさん……」

「どうしようもなかろう。行ったところで、殺されるだけじゃ」


 諦めたように首を振るジンカーに続き、あちらこちらから嘆きの声が上がる。どうやら、他に幾人も捕らえられたエルフ達がいるらしい。


「なあ」


 そうして悲嘆に暮れる彼等とは対照的に、気軽な声。


「コーヤ殿?」

「その競売場ってのは、何処にあるんだ?」

「競売場の場所、ですか? そんなものを聞いて、一体……」

「なに。試しに行ってみようと思ってね」


 途端、周囲のざわめきが激しくなる。


「何のつもりだ、人間め!」「囚われた同胞をあざ笑うつもりか!?」「何て奴だ」「所詮は人間だ! やはりここで……」

「静かにせんか!」


 一喝。ジンカーの気迫の籠もった一声に、騒いでいたエルフ達が一斉に黙り込む。


「コーヤ殿」

「ん?」

「一体何故、競売場へ行こうなどと?」


 真剣な瞳で、問い掛けるジンカー。その顔はコオヤを非難しているわけではなく、むしろ――


「言ったろ。試しだ、って。とりあえず実際に見てみて、どうするかはそれから決めるさ」

「それは、もしかして」

「助けるかもしれないし、助けないかもしれない。そこら辺はその時その時、だ」


 彼の言葉に、静かになっていたはずの周囲が一気にざわめき出す。助ける――あまりに困難であるはずの現実を、何でもないように口にする。エルフ達からすれば、信じられないにもほどがある。

 実際彼の力を見たことのないエルフ達は、悪趣味な冗談か何かだと思っていた。憎き人間が、我らをからかっている。少なくとも彼等の中の常識では、そう思わずにはいられないのだ。

 だが、ただ一人。その力を知り、その心に僅かながら接した枯れ枝のような老人だけが、コオヤを真剣な目で見続けていた。


「……コーヤ殿」

「んん?」

「――期待しても、良いのでしょうか」

「期待、ね」


 呟き、肩を竦める。


「そんなもんされても困るな。俺は俺の感じたように動くだけだ。けど、まぁ……祈る位なら、良いんじゃないか」


 そう言って。彼は、笑った。


「……競売場は、街の東。円形の、一際大きな建物です。今からなら競りの開始までには間に合うかと」

「ジンカーさん!?」

「そっか。ありがと」


 周囲の反応など気にすることもなく、軽く手を振ってコオヤは出口へ向かって歩き出す。戸惑うエルフ達の輪を抜けて、彼は散歩にでも行くかのような気軽さで集落から出て行った。

 そんな彼の背中を、ジンカーだけは縋るようにじっと見詰めていた。


 ~~~~~~


「はーい、押さないで押さないで」


 混み合う人の波を押さえようと声を掛ける係員を横目に、コオヤは競売場の中へと歩を進める。

 中はやはりコロシアムのような、中央に大きなステージがあり、周囲を円形に幾段もの座席が囲う構造になっていた。広さもかなりのものだ。軽くサッカーの試合が出来るだろう。

 また各所には警備と思われる、硬そうな鎧を身に付け鋭い鉄製の槍を持った兵士達が待機していた。見えるだけでも数十人、気配も含めれば百人以上はいるだろうか。


(随分大仰なもんだ)


 早速空いている席はないか、と探してみる。外と比べて中は灯りの数も多く、相当な明るさだ。視界には困らない。だが、既にほとんどの席は人で埋まってしまっていた。いくら開始直前だとはいえ、大した人気である。

 それでも何とか最後尾に空きを見つけ、素早く座り込む。ステージを遥か見下ろすこの位置からでは、普通の人間では遠すぎてステージの内容は良く分からないだろうが、コオヤの視力ならば問題ない。


「ふぅー」


 軽く息を吐き、空を見上げる。いつの間にかすっかり日は沈み、闇夜となっていた。分厚い雲に遮られ、月すら見えない。


(てか、この世界にも月ってあるのか?)


 素朴な疑問。しかしそれについて熟考する前に、競売場中に響いた巨大な声に意識を現実に戻される。

 声は、ステージに立つ多少は身なりの整ったひょろい男のものらしかった。おそらくは彼が今回の競売の司会者なのだろう。普通ならばそんな大声が出せるようには見えないが、大方何がしかの魔法でも使っているのだろう、とコオヤは結論付けた。


「えー、皆様! 大変長らくお待たせしました。これより! 奴隷競売を始めます!」


 まるでショーのように大きく手を広げ、観客に語りかける司会の男。いや、実際この競売は半ば見世物なのだ。娯楽の少ないこの世界において、家畜以下の他人種を見世物にして笑い合うショータイム。

 そんな周囲に、そしてこの世界の人々に何処か呆れを感じながらもコオヤがじっとステージを見れば、端にある出入り口から警備の兵らしき人物に連れられてぞろぞろと人影がやって来る。ボロボロの服とも呼べない布を身に付け、暗い顔で歩く彼等の首には、首輪と鎖。そしてその全員がエルフであった。

 ステージの中央に一列に並べられた十人のエルフ達。その中に、彼女は居た。


「えーと……? あれが爺さんの孫か」


 列の一番端に立ち尽くすエルフは、聞いていた特長とピタリと一致する。褐色の肌に透き通った青色の長い髪、女性的な美しい肉体。優しげなその顔は、半ば伏せられていても分かる程整っていた。


「成る程ねぇ」


 納得。確かにあれならば、『そういう目的』に使うのならばこれ以上にない逸材だろう。いかにも金持ちの男が欲しがりそうな奴隷だ。

 ついでとばかりに他の奴隷達にも目を向ける。数は丁度男女半々で、女性は誰も美しく、男性は誰も屈強だ。まぁ、そうでもなければ奴隷として捕まりはしないのだから、当然ではあるが。


「さて、それでは早速一人目です!」


 コオヤがぼーっとエルフ達を観察している間に、司会の男の無駄に長い挨拶の言葉は終わっていたらしい。いつの間にか、本格的に競売が始まっている。

 男に促され出てきたのは、列の端にいた屈強そうな大男のエルフだ。目的の彼女、イリアとは反対側で、このまま順番に行くのなら彼女の番は最後になるのだろう。


「はい、それではそこのあなた、あなたに決定ー!」


 落札者が決まる。仕組みとしては一般的なオークションなどと同様に、特定の金額からスタートし、観客が手を挙げそれ以上の値段を言うことで暫定的な購入権利を得る。そうして最終的に最も高い値段を出した者が正式にその奴隷を購入することが出来るのだ。

 千を超える観客でそれをやるのはいささか大変にも思えたが、実際の所手を挙げているのはほんの数十人だけのようだった。

 それも当然、幾ら迫害されているエルフの奴隷だとはいっても、購入にはそれなりの金が掛かる。自分のものとなった後はごみのように扱うことも出来る為まだましだが、それでもある程度まともに使いたいのならば、『維持費』はそこそこ必要だ。一家に一人! とはいかないらしい。購入できるのは、それなりに裕福な者に限られるのである。

 逆に、金のある者ならば何人も奴隷を飼うことも可能である。実際先程から売りに出されているエルフ達の全ては、たった一人の男によって購入されていた。


「はい、それではこの五人目の奴隷も、あの方。豪商トランド様に決定ー!」


 恰幅の良い中年の丸太りした男。卑しさが外見にもそのまま反映されたような、いかにもといった容姿をした男の名は、トランドというらしい。


(欲望丸出し、って感じだね~)


 はりきり競売に参加するその背中を見て、ぼんやりと思う。そうこうしているうちに、競売はもう六人目だ。目的の彼女の番まで、あまり時間はない。


(どうしたものかな)


 ここにきてまだ、コオヤはどう行動するかを決めていなかった。どう助けるか、ではない。そもそも、助けるかどうかも全く決まっていないのだ。


(助けても良いけど……これがこの世界の当たり前、ルールなわけだしなぁ)


 そう。コオヤやエルフから見れば、酷い行為かもしれない。だが彼等の大半は、別段悪意があって奴隷競売をしているわけではないのだ。それが当たり前――元の世界で言えば、猫や犬をペットにするレベルの常識的行動――なのである。

 確かに扱い事態は劣悪かもしれないが、家畜として考えればそうたいしたものでもあるまい。元より敵対し、嫌悪しているエルフ相手ならばなおさらだ。

 郷に入っては郷に従え。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。彼等を助けるということは、元の世界での法律を破る犯罪行為と同義。それも、実に重い刑に処されてもおかしくないほどの。

 ルールを破る、それは当然悪いことだ。また、そうしてまで彼等を助ける義理は、自分にはない。特に深い関わりがあるわけでもなく、何よりコオヤは人間なのだから。


(このまま素知らぬふりして、とんずらするってのもあり、か)


 気に入らない気持ちはある。不快感も感じる。しかし仕方あるまい、この世界での人間とはまさに世界の支配者であり、そのルールに逆らうことは世界に逆らうと同義なのだから。だから、仕方が無い。誰だって普通そう考える。

 ――だが、彼は普通ではない。


「下らねぇ」


 一言。ただそれだけで、彼はそれらの『妥協』を切り捨てた。席からゆっくりと立ち上がる。視界の先では、今まさに最後の一人――イリアが、競りに掛けられているところだった。


「この世界のルール?」


 盛り上がる観客達の間にある階段型の通路を、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま悠々と歩いて行く。

 そうしている間にも、イリアの購入者が決定した。またあの豪商の男らしい。


「この世界の常識?」


 これで競売は終了と相成り、別室で正式に契約が結ばれる、はずなのだが、どうやら今回は違うらしい。全ての奴隷をあの男が競り落としたからか、せっかくだからとこのままこの場で契約も行うようだ。これもショーの一環なのだろう。


「そんなもん、俺の知ったことか」


 司会の男に促され、脇の通路からトランドがステージに上がる。降って湧いた追加の見世物に、観客の盛り上がりが一際大きくなった。誰もがステージに注目し、一人歩くコオヤに目を向ける者など存在しない。


「何より、そんなことで妥協していたらよう」


 だが流石の群集も、彼がステージ近くにまで歩いていけばいやでも気付く。自然注目が集まり、ざわめきが起こり始めた。しかしそれを気にも留めず、客席とステージを区切る段差に足を掛けた彼は、


「あの親友達に、笑われちまうぜ」


 二人の親友達の顔を思い浮かべながら、散歩にでも出るような気軽さで、跳んだ。たった一度の跳躍。それだけで、彼は離れたステージの中央まで到達する。軽い音を立てて着地した場所は、司会とトランドの丁度目の前。


「な、何だ君は!」

「んん~~?」


 驚きの声を上げる司会と、訝しげなトランド。突然の乱入者に、客席のざわめきが全体へと波打ち広がる。


「警備兵!」


 司会が叫ぶ。近くの兵士数名がコオヤを追い出そうと近づいて来て、しかしトランドがそれを手で制した。兵士達を止めた丸狸は、興味深そうな顔でコオヤへと問い掛ける。


「坊主」

「ん?」

「せっかくのわしのステージに乱入してくるとは、録でもない奴だ。だが、今のわしは奴隷全てをものにできて大変機嫌が良い。そこでお前の目的を聞いてやろう」

「目的、ね」

「そうだ。わざわざこうして出てきたからには、何か目的があるのだろう? お前のその度胸に免じて、話によっては叶えてやらんでもない」


 明らかな余裕。どう考えても不審者でしかないコオヤを前に、一体何処からそんな余裕が出てくるのやら。

 ともかく。そんな彼を前にコオヤは、状況について行けていないエルフ達を軽く見やった後、再びトランドへと視線を戻す。そうして、叫んだわけでもないのに不思議と会場全体に通るようなはっきりとした声で告げた。


「――そこのエルフ達を、貰いにきた」


 顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

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