南蛮渡来!

宮坂マサヨシ

第1章

第1話

 「ほいやー!」


 甲高い叫び声とともに、炎が宙を切り裂いた。なお推進力を増す炎を、矢倉は体の反転だけで軽々とかわす。かすめた炎は、着ている紋付袴を鮮やかに照らす。齢十八にしては肝が座っている方だ。炎にも特にひるむことはなく、まずは話し合いでの解決を試みる。


 「その程度のほいやー、よけるなど容易いぞ。おとなしく引かれよ!」


 必殺の炎が避けられ、野盗三人組は互いに顔を見合わせた。少しの間目で相談したが、心変わりはしなかったようで、再び矢倉を睨む。矢倉の警告に対する答えとばかりに、二発目の炎が襲いかかる。今度は近くの樹木に身を隠し、やり過ごす。


「私は魔法が大嫌いだ。もし戦うなら、私怨で何をするかわからないぞ。本当に、もう、その、めちゃくちゃするかもしれないぞ?それでもよいのか!」


 無言が返ってくる。交渉は昔から苦手だ。仕方ない。矢倉は戦う覚悟を決め、刀を抜いた。野盗三人のうち、魔法を使う男は一人だけ。あとの二人は短いドスを持ってはいるが戦う気配はなく、身を寄せ合ってニヤニヤしている。つまり狙うはあの魔法を使う男ただひとり。小手型の皮製南蛮武具には、びっしりと三角形の紋様が描かれている。おそらく威力重視型の炎系魔法を撃つ南蛮武具のようだ。こけおどしとしては最適だが、いざ戦闘になれば消費がはげしく使いにくい。ではもう少し消耗させて。

 ひとしきり作戦を練った矢倉は、木の陰から再び身を現す。同時に野盗は三発目の魔法を詠唱し始める。手のひらが矢倉に向けられ、薄く紋様が光り出す。飛び出た炎を横転でかわし、矢倉はニコリと笑みをひとつ。

 野盗の顔がみるみる真っ赤になり、すぐさま四発目の詠唱に取り掛かる。息はあがり、紋様の光り方も心なしか先ほどよりぼんやりしている。


 「死ね!ほいやー!」


 かな切り声が響くと同時に、矢倉は鼻が地面に擦れるほど重心を低くし、炎を避ける。六歩ほどの間合いを瞬時に詰め、懐にはいる。刹那、小手の表面を刀で一閃。小手はすぐさま発光を止め、切られた部分から焼けた皮の匂いが立ち込めた。単なる皮の小手となった元南蛮武具を、野盗はしばらく振ったり叩いたりした。だがそれが無駄だとわかると、小手を捨て、三人で走るように逃げ去った。小手と一緒に少しだけ切られた手の甲が痛むのか、その部分を押さえている。遠のいていく野盗に対し、矢倉は大声で言った。


 「痛くして、大変申し訳ございませんでした!ゆるしてください!」


 先ほどまで自分の命ごと財布を盗もうとした男達に対し、深々と礼をした。


 野盗が捨てた元南蛮武具を手に取る。内側にはこう書かれていた。


 「期限は嘉永六年、力を蓄えよ」


 ここ数年で、高級品だったはずの南蛮武具が急激に流通しだした。安価な南蛮武具には決まって、この文章が記載されている。そして文章はある模様によって締めくくられる。楕円の中心に真円を据えた単純な構図。朱色で描かれているそれは「目」の形に見えなくもない。赤目。あの男が関わっている証拠である。


 矢倉は小手を同じ場所に戻し、その場を立ち去った。

 歩きながら懐紙を取り出し、刀に少しついた血を拭う。そのままそれを捨てようとして、留まった。元来の真面目な性格が、ごみを道端に捨てるのを拒んだ。

 どこかで厠に寄ろう。そこでちり紙と一緒に捨てよう。はやく見つけないといけないな。こんなものを持っていたら、おなごに誤解されてしまう。

 先ほどまで命のやり取りをしていた矢倉は、厠とおなごのことばかり考えながら、山間の街を目指して歩を進める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る