物語る日記帳

采火

第一話

日記帳再来

今、妖怪たちの間で噂になっている冊子がある。

それは翡翠色に染めた和綴じの日記帳。

持ち主は長い黒髪の、年の割には背の低い女で、左目が時折、紅く光るらしい。遣いとして黒い神烏しんうを連れていて、こちらは対照的に右目が紅いそうだ。


似たような噂が前にもあった。


その時は『みどり』ではなく、『あか』と『あお』の冊子だったが。

日記帳が回ってきたときは気をつけろ。

なんでも、日記帳に宿るという、妖かし達の妖力を狙ってくる輩がいるらしいからな。事実、その数百年前、武士の世の頃、つまり『藍』の時代には高天ヶ原から落とされた神狐が、高天ヶ原に帰るがために日記を狙い、封印されたそうだ。

日記帳が回ってくるのは付喪神系の妖かしばかりだ。手に入れようと思えば事は簡単に運べる。


日記帳は神烏が高天ヶ原に帰るためのものだそうな。神通力を使う神烏がどうして妖力を集めるのか。そう思うだろう?実はな、神烏が妖力を霊力に、霊力を神通力に変える力を持っているからなんだと。本当かどうかは分からない。だって自分はまだ、日記を書いたことはない。


じゃあなぜ日記帳を使うのかって?妖怪どもから直接妖力を吸い取ればいいだろうって?まてまて、質問の多い奴だな。

何でも変える妖力の質のためらしいぞ。悪質な妖力は神通力にまで高められないらしい。だから付喪神のような、ささやかながらも、人の想いに通じる妖かし達の妖力を集めるんだ。


その神烏の手足となって動くのが魂に契約を刻んだその女。まだまだ小娘と思って油断してみろ。その貫禄はこの老婆と変わらんぞ。ああ、なんだ、信じとらんな?神烏と魂の契約を結んでいるんだ。ただの小娘とは思わんことだな。因果に囚われた憐れな人間なんだ。


全く、人間は何故、妖かしの世界に踏み込んで来るのだろうか。妖かしも神も、人間が触れる領域にはない層のモノ達だというのに。

わざわざ日記を書かせるというこの余興、何の意味があるのやら。それは『紅』の日記帳にまつわる所以があるらしいが、それはまぁ置いておこう。今は『翠』が出回っているのだから。


数百年ぶりに日記帳が出回っているということは、神烏が数百年ぶりに契約者を見つけたということ。それが『翠』の持ち主に当たるわけだ。


用心することだ。『翠』を巡って新たな争いが、今に起きるだろうよ───……。

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