限りなく似た、違う世界で。

肌黒眼鏡

第1話

 ――光が。

 眩い閃光が。目を細めるほどの光輝が。

 唐突に、突然に、その瞬間に。

 ありとあらゆる、世界に存在する、あまねくすべてが。

 時を止めたかのように。


 ――世界は凍り付き、わたし一人を取り残したかのように。


 ふと、気付けば、世界はいつも通りの喧騒に包まれ、わたしは部屋に一人だ。

 何も変わらない、けれど紛れもなく違うこの世界で。

 わたしは違和感を拭いきれずに。

 ――二度寝をした。


 ◆


 目を覚ます。

 妙な夢を見た気がする――そう思ったけれど、すぐに間違いに気づく。

 違和感は健在だ。どうやら夢ではなかったらしい。

 部屋を見回す。相変わらず、何もない。

 必要最低限のものだけを置いてあり、色気の欠片もない質素な部屋。

 洗面所に向かい、鏡を見る。相変わらず、髪は短く切り揃え、少し目つきの鋭い目がわたしを見つめる。

 眼鏡をかけてもちっとも柔らかくならない、よくイライラしていると勘違いされる顔立ち。

 ――何も変わらない。はずだ。

 なのに、なんで――。

 

 ――胸は引っ込み、股の間にはあってはならないはずのモノが存在しているのか。


 いや、もともと引っ込むほど胸がなかった、なんてボケはいらない。少なくとも真っ平ではなかったはずのわたしの慎ましいおっぱいが、どこかへ行ってしまった。

 代わりに股に付いたのだろうか。

 ――そんな馬鹿な。


「ありえない、でしょ」


 呆然と、呟く。

 あの時――二度寝をする前の、あの出来事。

 閃光が瞬いたと思った途端、世界は活動を停止したかのように静まり返っていた。

 実際に、世界の発動全てが停止したのならば、光子も動かず、光は届かず、暗闇の中だ――という話もあるが、それは今は関係ない。

 思考が、現実を受け入れたくないようだ。

 ――さっきのは、夢じゃないの。

 今だ微睡む思考を奮い起こし、わたしは考える。

 ――それとも、まだ夢の中なの。

 脳を活動させるために、冷水で顔を洗う。真冬の水の刺すような刺激が肌を突く。

 ふう、と息を吐き出し、タオルで顔を拭いた。

 ついでに歯を磨き、短い髪を梳かす。

 短いと言っても、女の子としてはであって、男として考えれば、少し長めだ。


「夢じゃ、ない」


 感覚は、確かにはっきりとある。それに今まで明晰夢というものは見たことがない。

 これは、現実だ。

 ――だとしたら。突然わたしは女から男になったことになる。

 何故。そんなの、わかるはずがない。どうすることもできない。


 ――学校、行かなきゃ。

 何故そんなことを考えたのか、とにかく現実を受け止めることを拒み、とにかく普段通りに行動しようとしたのかもしれない。

 覚束ない足取りで部屋に戻り、制服に着替えようとクローゼットを開ける。そして、制服を取り出し、再び違和感に苛まれた。

 思わず服を広げて確認する。学ランだ。男性用。わたしが今まで着ていたセーラー服は何処へ行ったのか。

 ふと今着ているパジャマを見ると、これは変わらず色気のない、至って普通のもののままだった。


 おかしい、どう考えてもおかしい。

 

 わたしが男になったとしても、制服が勝手に変わるだろうか。

 いや、勝手に性別が変わった時点でわたしの理解を超えているのだから、何が起きても不思議ではないのかもしれないけれど。

 頭が痛くなってきた。

 ――今日は、学校を休むべきだ。

 そう考えるけれど、でも、学校に行って確かめなければならない。


 他人が私のことをどう認識しているのか。


 とりあえず男子の制服に袖を通す。何故か下着まで男性用になっていた。いつの間に履き替えたのだろう。

 どうやらすでに、両親は仕事に出たようだ。そう言えば昨日、二人とも早番だとか言ってたような気がする。

 テーブルの上に置かれていたパンを食べ、朝食を済ませたところで尿意を催した。

 ――トイレだ。

 どうすればいいのだろうか。

 いや、なんとなくは分かるけれど。

 そう考えつつトイレに向かう。

 ズボンを下ろし、便座に腰掛け、思わず足の付け根辺りを見下ろす。

 こんな感じなのか。朝から感覚はあったものの、初めてしっかりと視認したそれを、思わずじっと見つめてしまった。

 興味がないわけではないし、わたしも普通の女子高生だ。――だった。見たことはなくとも知識としてはネットにいくらでも転がっている。

 わかってはいても、それが自分についていると思うと変な感じだ。

 何も考えないようにしよう。そう思いつつも、やはり妙な感覚がありそれを見てしまう。

 尿意はあるものの、集中できずにいた。トイレって、集中するものだっただろうか、なんて訳のわからないことを考えだしてしまった。


 ふぅ、と深呼吸をし、目を瞑る。

 ――とりあえず、いつもするように。

 そう考えていると、意外とすんなりと済ますことが出来た。

 トイレットペーパーを取り出し、再び首を傾げる。

 ――男性は小さい方は紙を使わないよね、たぶん。

 どうすればいいのだろうか。


 しばらく悩みぬいた結果、先端をトイレットペーパーで拭きとることにした。

 ――これを触るのは、なんだか嫌な感じだけど。今はわたしの身体の一部なのだから仕方がない。


 朝から疲れた。やっぱり学校はサボるべきだろうか。

 なんて考えるけれど、結局、学校に向かうことにする。


 現状把握は優先すべきことだ。何か他に変わったものがないか確かめなければならない。





 

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