3
高校生になって、透明で絶対的なルールがあることを知った。
友達の意見は否定しちゃいけない。
友達の“一緒に”は納得のいく理由がない限り拒否しちゃいけない。
初対面の男子だろうと友達になるし、呼び捨てが普通と言われれば受け容れる。
だってそうしないと、浮いてしまうから。この輪の中で。
中学の時からあまり友達付き合いが得意じゃなかったあたしにとって、最初はなんて面倒なんだろうと落胆した。
だから“バイト”は、便利で納得のいく理由だった。ついでにお金も稼げるし。
だけど同時に学んだ。
この線から出たら、あぶれたら。生きていけないわけじゃないけれど、きっと息苦しいんだろう。
割り切れればいいのにそれもできない。
だからあたしは、ゆらゆら流される。
中途半端で卑劣な処世術ばかりが身について。楽しそうなフリに空返事、ウソの笑顔もいつの間にか板についた。
「ね、真魚もさ、今までカレシいたことないんでしょ?」
「へ? ああ、うん、そうなんだよね、なかなか良い出会いがね」
「貴重な15の夏だもん、ガンバんなよね! ウチら応援するから」
ひとつの机に顔を寄せ合って、ナイショにもならないような僅かに潜めた声で言われたけれど、何をガンバればいいのかわからず首を傾げる。
なんだけっけ。あたしまた適当に「この夏こそ彼氏作る」なんて、言ったっけ。早帆はこのテの話題、好きだし。
「七瀬も、今カノジョ居ないんだって! 真魚と七瀬なんか似たとこあるし、絶対上手くいくって!」
「…へ?」
脳内にさらに?が増えた瞬間、複数の足音が廊下に響いた。
凪沙達が来たようだ。
ていうか、七瀬? なぜに、七瀬…?
「お前らメールすんならもっとはやくしろよ途中まで帰ってったつーの」
「何よどうせゲーセンか海しか行くとこないクセに、いーじゃん教室の方が涼しいんだし」
下校時間まではクーラーが使用できる教室は、確かに外に比べたら涼しい。窓の外は夏の西日だ。
「あれ、真魚、まだ居たんだ、今日バイトっつってなかった?」
「あ、うん、もうそろそろ…」
一番に教室に入ってきた
なんとなく長居したくない空気だ。もう行こう。
だけど次の瞬間、立ち上がったあたしのカバンを早帆が力強く押さえた。思わずぎょっと早帆を見る。
「うそ、まだはやいっしょ! 未波、七瀬は?」
「七瀬? 今来るけど」
「ちょ、早帆…っ」
さっきの会話の流れから察するこのカンジだと、あからさま過ぎる。やけに七瀬の名前が出てくると思ったら、何かお節介なことを企ててるんだ、きっと。
そんな空気を読まずに七瀬が教室に顔を出した。
ふと目が、合って。
「…あれ、帰るの、真魚。送ってこうか、俺そっちに用あるし」
教室のドアの所で七瀬が笑い
早帆の力強い手は一瞬で解け
あたし達ふたりはあっさりと、真夏の熱の中に追い出された。
どうして女子は、コイバナが好きなんだろう。それからナイショ話にお節介。それとも好きになれないあたしが、おかしいのだろうか。それを拒否できないあたしが。
「テスト最終日までバイトって、真魚働きすぎじゃない」
柔らかな口調が隣りから降ってきて、あたしは視線は向けずに相槌を打ちながら口元だけ笑う。
七瀬のことは嫌いじゃない。周りの男子達に比べて落ち着いているし、クールというか、大人だと思う。
でも。
早帆達が望むような関係には、ならない。きっと。
「そうかな、バイト、楽しいし」
わりと急な下り坂を、押されるように歩くと少し息がはやくなる。
少し山の上にある学校からの帰り道、視界の殆どが海の青になるその瞬間が好きで、だからわざとひとりで帰る時間をなるべく作るようにしていた。
誰にも邪魔されたくなくて。
「ひとり暮らしだっけ。仕送りちゃんともらってるって聞いたけど」
「うんでも、お金はあっても困らないでしょ?」
「そっか、何か欲しいものあるんだ?」
「うん、そうかも」
適当な返事を返しても、多分適当だって七瀬はわかってても、静かに笑ってくれる、そんなことが何回かあって。
深追いしたり、むやみに踏み込んだりしない。そういうところは、好きかもしれない。
ふと無意識に海へと向いあわたしの視線を、七瀬がゆっくりと追う。
綺麗な青。
あたしが生まれたのも海が見える病院だって、お父さんが言ってたっけ。
そんなことを思い出して、ぽつりと落ちる。
「はやくひとりで生きていきたいんだ」
夏は好き。だけど、嫌い。
どっちにしろ胸が痛むから。
蜩が、鳴いている。
加南が自分の名前呼ばれてるみたいでイヤだって言ってたっけ。
「…真魚、明日もバイトあるの? 暇ならさ、手伝ってほしいことあるんだけど」
―――――――…
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