第18話 始動 ④

 オレ、帰宅。お茶、淹れる。チサト、帰宅。

「始めようか」

 今日も今日とてDOFは盛況だ。オレは咎で強奪した金品と装備を馬車に満載して荷馬に鞭をくれた。街に着くと非凡アンコモン級以上の装備はそのままで、基本ベーシック級の装備は鉄くずにして売り払った。そして乗用馬を購入、保存食や消耗品を買い漁ると馬車に積み込んだ。

「そういえばルーシーの切り札トランプって何?」

 ルーシーが切り札を出しているのを見たことがなかった。

「それが」ルーシーは少し言いよどんだ。「判らないのよ」

 まれに、そういうこともあるらしい。


 オレはふと思い出した。

「ルーシー。光属性の必然フェケルティを学んでみよう」

 入門書を買い、基礎を習得する。

 最後に、オレとルーシーにお揃いで希少(レア)級の煮固めた皮鎧ハードレザーアーマーをオークションで購入。運動性を損なわず、音を立てることもない鎧を選んだ。

「活気ある街をよく目に焼き付けておくといい」

「は? 何言ってんの? けらけら」


 オレの感覚も大分変わっ……おかしくなっている。

 一人で狩りに出ている奴を見つけると、「これはチャンスだ」とどうやって仕留めようかと思案している自分がいる。人が獲物に見えてくる。これには参った。

 ひょっとして、あいつが保護されてないレアアイテムを持っているかもしれない。いや、そんな無防備にこんな所を一人でいるわけがない。いやしかし奴は迂闊うかつで……。

 アジトへの帰りはチサトとルーシーは乗用馬に乗っていった。聞くならく、シャドーロールとは馬具で本来馬の鼻に付けるそうだ。シャドーロールを付けた主をこの馬はどんな気持ちで乗せているのだろう。

  

「Adore me!」

「You bet」

「ゆー べっと!」

「姫様の御許みもとに!」

「フリーランス。そろそろうちの士房クラスタに入らないか?」

「ただ己の信義のみを貫く騎士に二心はござらん。我が忠誠を尽くすは姫様のみ!」

 お前の信義っていうのは女に尽くすことなのかな? と口には出掛かったが、ルーシーにどう思われるか怖くなって口をつぐんだ。


「灯りを点けてみてもいいかしら」

「うん」

 ルーシーはカードに手を伸ばす。《月明かりの精ムーングロウ・フェアリー》。

 ルーシーの手の中にはねをひらひらさせた蝶が現れた。体はやわらかな光を放ち辺りを照らし出した。

「へえ、もう実戦投入可能なんだね」

 三人は馬上の人となり当てもなく街道を駆けた。《月明かりの精ムーングロウ・フェアリー》は淡く足下を照らしてくれる。

「馬はいいね! パッカパッカ」

「チサトさあ、その擬音オノマトペみたいなの口にするのはどうなんだ」

「え? 可愛くない? カガミこういうの好きでしょ?」

 ……。どうやら、オレが以前観ていたアニメのヒロインの真似をしているらしい。まあ、アレだ。キャラが立っているのはいいことだ。


 闇を通して、いななきが聞こえた。

「行ってみよう。ルーシー、《月明かりの精ムーングロウ・フェアリー》を解放してくれ」

 《月明かりの精ムーングロウ・フェアリー》は右へ左へ揺れながらいずこかへと去った。馬を林に係留し、チサトを残して森に足を踏み入れ、近づいていく。


 車輪がきしむ音がする。

「ルーシー、偵察を頼む」

 ルーシーは即座に《闇の抱擁ハイドインシャドウ》で姿を隠した。間もなく「NPC人工知能ね。軽装に四人と馬車。重装備の用心棒二人。特に高級な装備は確認できず」と報告してくれた。

 NPC人工知能か。少しは気が楽だ。

「よし、六人とも殺すつもりでかかろう。逃げられたら面倒になるかもしれない。どこの所属か知らないけど、国家に恨みを買いたくはないからね」


「カタギよさらば!」

 と叫んでオレはルーシーに続いた。

 人工知能は感情に思考を阻害されることはない。しかし、DOFに生活するNPC人工知能は人間を目標に作られている。

 感情関数というプログラムがDOFのNPCには組み込まれている。それはNPCを表現しうる限り人間足らしめる。

 NPCは慌てふためいた。「賊の奇襲だ!」とか叫んでいる。

「狙うのは護衛だけでいい。軽装は無視で」

 ルーシーが既に一人に致命傷を負わせていた。しかしもう一人がかなりの手練れ。更には軽装の中にも戦闘能力を持つ者がいた。ルーシーが《閃光ダズル》という必然フェケルティで強烈な光を放ち目をくらませる。もう光属性のカードがデッキに入ったのか。オレの無謀な指揮は、ルーシーによってかろうじて支えられている。


 戦況は停滞した。

 ターン6。

 試してみたいことがあった。オレは、補助カード《八面六臂メニィタイムズアクト》をセット。

「おお」

 四回行動! と表示が出た。数使いは必然フェケルティの名前に含まれる数字のターンになったときその必然を使うと、より効果を引き出せるのだ。次々と新しい仕様が生まれるDOFは、こうやって自分で様々なことを発見していかなくてはならない。

 問題はそのターンに手札にそのカードがあるかということ、相当の体力と脳疲労を消費することだが。いや今そんなことを考えている暇はない。オレは突如獅子奮迅の働きをして劣勢を挽回してみせた。全員を惨殺する。


「ついに来てしまったか」

「……カガミ、そのふざけた名前が表示されてる」

「お前もな。執行猶予は終わった」

 チサトの頭の上に『花散里』とピンクの文字が浮かんでいる。

「何が起こってるの?」

 オレはティーカップを傾け、口腔に紅茶を注ぐ。

「オレ達の悪名がそこまで蓄積したってことだ。これで名実ともにならず者だ」

 咎を行うと悪名がカウントされる。悪名がもうすぐ名前が表示されるぐらい溜まっていることは解っていた。

「有名人ってことだよね? いやー、参っちゃうなあ」

 このじゃじゃ馬の手綱を引くのは多分オレだ。暗澹あんたんたる気分になるなあ。

 馬車に積まれていたのはけっこうな量の食料やワインだった。

「これさ、ゲートのそばにあった奴だよね」

 チサトが看板のような物を荷から引っ張り出した。

操作卓コンソールじゃねーか。これがあれば街やゲートに行かなくてもひまわりサロンに書き込みができる」

 なかなかの戦果だ。

「この荷馬の方が力が強そうだな。うちのは隠居してもらおうかな」

 せっせとアジトに運び込み、腹ごしらえを済ませる。こうなってくると贅沢になってくるもので、調理器具が欲しくなる。ベッドに潜り込んで朝を待った。

「よし、ちょいと挨拶に行こうか」

 


 オレみたいにめでたく名前が赤く表示されている連中を赤ネ(赤ネーム)という。まだまだオレ達は駆け出しのひよっこだ。恐竜時代のネズミみたいなもので、こそこそ隠れて自分でも倒せそうな弱い獲物を探して生きていく。

 オレは非常食を押しのけこたつから立ち上がると流し台からかごを取ってきた。

「冬はこれから本番だ。紅茶やウーロン茶みたいな発酵茶には体を温める効果がある。更にこいつを入れて飲むといい」

「何これ」

「乾姜。ショウガを熱して干した物だ。これはもっと体を温める」

 DOFも季節は冬。白装束に身を包んでアジトを出た。

 ゲートは街以外、野外にもある。アジトからの距離は近いとは言えないが馬を飛ばせばすぐだ。街道を避け、森を抜け、人目を気にしながらたどり着いた。

「そこからノーザンリミットって街に飛んでくれ」


 ゲートを抜けるとそこは雪国だった。

「何これ。真っ白……」

「よおし。ついてこい」

「こんな所に、人なんているの?」

「いないから来たんだよ」

 雪に埋もれてどこが道なのか判らない。雪に足を取られて、馬も走れる状態ではない。病気になりそうだ。目を凝らすと雪原に雪の精霊が群れ、吹雪を吐き散らしていた。キラキラ笑顔を輝かせて舞い踊る。

 ノーザンリミットは精霊指定都市だ。雪の精霊がここを活動の本拠として選び好んで住まう。そのおかげかどうかは知らないがDOFで断トツに気温が低い。主な収入源は石油で灯りの源として外貨獲得に寄与。また、ここに住む動物たちの毛皮は保温性抜群で高値で取引される。北国ではじっとしていると凍ってしまう。人々は働き者で結構な大都市だ。

「ここ誰か住んでるの?」

NPC人工知能がな」

 正直、想像以上の過酷な環境だった。冬にここにくるのはさすがに無謀だったか。繁華街? も、無人。


 ようやく人影が見えた。オレは後ずさり。

「咎人だ!」

 毛皮を着込んだ青年はオレ達を見るとそう叫んで逃げ出した。そして間もなく、武器を担いだ衛兵に、街の自警団と思しき皆様が騒然と駆け寄って来る。

「ちょっとどうするのこれ? ってもう逃げてるし!」

明敏なオレは、もう街の外に出ていた。ルーシーの姿は白夜の下(もと)では見つからない。チサトに男達が大挙して襲いかかる。

「モテモテだな」

「見てないで助けてよ」

「さすがにこの数は」

 オレ達は暖もとれず、多少の矢傷を負いながらノーザンリミットから逃げ出した。

「ひどい目に遭った……プンスカ」

「赤ネはさっきみたいにNPC人工知能から攻撃を受ける」

「NPCって何?」

「オレ達みたいに人じゃなくて、コンピュータが操作してるキャラクターのことだ。首に賞金が掛けられ他のプレイヤーからも付け狙われる」

「ぷるぷる。凍え死んじゃううううう。さっさと帰ろう」

 オレの画面も時折、揺れている。

「てかさ、お前、ちょっとは暖かい格好しろよなオレは振り返ってチサトの足を見遣る。

 チサトは外に出るとき以外はいつもミニスカートだ。昔はこんなんじゃなかったと思うんだが。

「気になる?」

「ならん。ああ、おかげで暖房費がかさむのが気になるだけだ」

 チサトは聞いていないふりをしているのか、本当に聞こえなくなる異能の力でも持っているのかともかく反応せず、またも非常食にちょっかいをかけている。しかしやはり逃げられた。オレの足に顔をくっつけチサトを威嚇する。

「どうしてカガミんとこに行くわけ? プンプン!」

「そりゃあ、エサやってたのオレだし」

「チサトがあげれば良かった!」


 自分のやっていたことを思うとぞっとする。

 オレは人間だ。

 人間だから、トンボを殺すことに罪悪感は感じなかった。オレは、哺乳類だったから。

 たわむれに、はねをむしった。翅にはトンボの筋肉が付着していた。

 また他のトンボを捕まえると翅を千切ってみた。うまく飛べなくなった。半死半生のハエを与えてみた。筋肉が飛び出したトンボはハエを懸命に食べた。

 たくさん、たくさん、オレはトンボを捕まえた。捕まえると、尾の先端から白いような黄色いような丸い物をたくさんひねり出すトンボがいた。

 今思うと、あれは卵だったのかもしれない。

 トンボは、捕まえられてしまったら、生きながえることはほとんどなかったのだ。だから足下に水辺があるかもしれないわずかな可能性に賭けて、トンボは卵を産み落とす。

 生物の執念があった。

 三畳紀二億五千年前より命を繋いできた先輩としての敬意など八歳のオレには存在しなかった。今でもないかもしれない。

 トンボの一つ一つの死が、生命とは何かを少しばかり教えてくれた。

 

 ゲームの死は確かに軽い。

 オレの刃を受けて倒れた人は、オレへの恨みをひまわりサロンに書き込んだ。

 来る日も来る日も、オレ達は細心の注意を払って咎を続けた。ルーシーは日陰者としての特性を活かし大胆な偵察が可能で、相手の力量を的確に量り、伝えてくれた。優れた必然を持つ者には見つかることもあったがその時はその時で冷静に逃げ切ってみせた。

 オレ達の頭上に表示される名前はピンクから徐々に血の色を濃くした。


 うまいラーメンは無くなるのが早い。あっという間に三月になった。

 その頃、非常食に異変が起こった。夜に限って窓から外を眺めては叫ぶのである。

「はっつ情期ね」

 ルーシーは真顔でそう言った。オレはそんなルーシーにこっそり興奮を覚えた。

 その内、収まるだろうと楽観していたが日を増すごとにむしろ声は大きくなった。爛々らんらんとした目で狂おしく外に向かい絶え間なく咆哮する非常食。耐えられなくなってついに非常食を外に出した。非常食は駆け出し、暗がりに消えた。

「なるほど、大変なんだな」

 三人で家に戻り、オレはチサトを眺めてそんな言葉をこぼした。チサトは変な顔をした。

 女に生まれたらこんなに苦しい思いをするのか。こんなに、恋い焦がれるのか。

 高校うちの女子の皆様を、思う。異性になんて興味御座いません参考書が私の恋人ですとばかりに済ました顔で校内を闊歩かっぽしていた。でもオレにはその顔をつねることなんてできそうにない。


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