花冷えの千日間
劣等丸
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ある冬の日の夜。
昼過ぎから降っていた雨はいつの間にかやんだらしい。
結局今日は一回も外に出ていなかった。
ので、散歩でもするかと思ってみかん色のモコモコしたジャケットをクローゼットから引っ張り出した。冬の刺すような冷気を浴びたい一心で。
21才在宅ワーカーである私にとって一日中パソコンの前で座りっぱなしというのはよくあることだった。
体の節々に残る気だるさをうーんと伸びをして、一瞬その全てをリセットした気になる。
階下の居間に降りると
「あ、志乃、お風呂沸いてるよ。今母さんが入ってる」
と、こたつに入ってテレビを見ていた姉が言った。
「うーん、ごめん、お姉ちゃん。ちょっと散歩に行ってくるー」
「え?こんな時間に?もう9時よ。やめときなって、雨も降ってるし」
「雨ならもう止んでるよ。ほら。ちょっとその辺を回ってくるだけだから大丈夫だよ」
カーテンをシャッと開ける。暗くて見えづらいが確かに雨はもう降ってないことを改めて確認する。
「そう?・・・早く戻ってくるのよ?」
「うん。行ってくる」
そんなやりとりをして家を出た私の芯に、望んでいた「冬の刺すような冷気」が染みこんでくる。
深呼吸をするとなんとも言えない爽快感が私の中を暴れまわった。
足元のアスファルトは思ったより乾いている。雨は随分前に止んでいたようだ。
履き慣れた白いランニングシューズの紐をしっかり結び直すと、自然と気も引き締まる。別に走るわけじゃないけど途中でほどけたら嫌だから。
1年前くらい前に寮のみんなにもらったこのスニーカーはすごく履きやすくて軽い。
服や靴にほとんど関心がない私にしては珍しく、お気に入りと言える一足だった。このスニーカーを履く度に私は寮のみんなのこと、そしてあのオンボロの寮で、馬鹿みたいに笑って過ごした時間を思い出す。
そう、私、
何より今の私を形作っている哲学やらモラトリアムやらに汚染された時間が
そして
それは何よりも私を奮い立たせるのだった。
次から次に湧き出る楽しい思い出や悲しい思い出を全部振り払ってゆっくりと冬の夜道を歩き出す。
ああ、たぶん今、私の顔は笑っているんだろう。
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