Expressman~宇宙船での便利屋稼業~
圭琴子
プロローグ
宇宙歴三百八十二年。
人類は、枯渇した地球を捨て、スペースコロニーや惑星に移り住んでいた。
地球時代に危惧されていた、宇宙戦争や大きな天変地異もなく、今日も平和に時は過ぎる。
むしろ、地球という限られた重力に縛られていた時より、太陽系の外にまで自由に羽ばたいた現在の方が、争いは少なくなっているといっても過言ではなかった。
そんな中をのんびり航行中の宇宙船
「ちょおっと、ラドォ。いい加減給料、払いなさいヨ」
何処か間延びした舌足らずな声を上げたのは、通信士兼船医の、マリリン・ボガードだ。
ファーストネームは、大昔地球でセックスシンボルとされた女性の名前を取ったものらしい。もっとも、彼女はブロンドだったが、マリリンは緩く巻いた赤毛を白衣の背中になびかせていた。
「先月の給料もまだだぜ。女も口説けやしねぇ」
マリリンに続いて不平を上げたのは、操縦士のロディ・マスだった。
グレーの髪をオールバックに整えた、苦み走った逞しい色男だったが、『色』男とはよく言ったもので、気が多過ぎて最終的には女性の方からフラれるのがお決まりのコースだ。
だがそんな訴えは何処吹く風で、ラドこと、若き船長ラドラム・シャーは、目の前のスクリーンに広がる星の海を眺めながら、いつもの定位置、キャプテンシートに座ってオッドマンのようにタッチパネルに足をかけ、うっとりと言ってもいい口調で『彼女』に話しかけた。
「プラチナ。惑星デデンまで、あと何分だ?」
「はい、ラドラム。通常航行で、あと三十六分五十二秒です」
ラドラムが愛してやまない『彼女』の声は、艦橋の頭上から聞こえていた。自動航行を可能にしている、この船のA.I.だった。
「聞いてんの、ラドォ?」
マリリンが、羨望してやまない、ラドラムの癖毛のブロンドを引く。不精で肩より下まで伸ばされた髪は、後ろでひとつに束ねられていた。
「聞いてる。けど、俺は今、眠い。デデンに着く三分前に起こしてくれ、プラチナ」
そう言って、二十二という年齢にしてはやや童顔な印象のある、大きなフォレストグリーンの瞳をしばたたかせる。やがて長いゴールドの睫毛が落ちてきて、目が瞑られた。
「愛してるぜ、プラチナ」
「私も愛しています、ラドラム。……おやすみなさい」
毎度繰り返されるその応酬に、ロディが苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「変態。生身の女より、A.I.が良いってか」
「ああ。プラチナは嘘を吐かないし、余計なお喋りもしないしな……」
後の方は、寝息まじりに溶けていた。
マリリンとロディは、顔を見合わせて吐息する。
宇宙船ブラックレオパード号は、
いつも、『次の惑星でデカい仕事が入るから、給料が払える』とほだされラドラムに着いて行くのだが、その約束が果たされるのは、五分五分といった所だ。
寝息を立て始めるラドラムにマリリンとロディは諦めて、自分たちもラドラムを挟んで艦橋の定位置に戻って、デデンで待っているという『デカい仕事』に備えて、惑星の情報収集を始めるのだった。
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