第34話 蟲使い

「なるほど、つまりあんたは殺意をもって一人の男を探し、その過程で関係のない二人の男を殺したわけだ」

「ちがう! 私は殺してなんかいない。やったのは、やったのはあの恐ろしい……」

「そいつはどうかな。確かにあの蟲は人に寄生し、人を操って他の人間を捕食することを手伝わせるそうだ。しかしね、矢野さん。あんた、きっとそうなることを望んでいた。違うか?」

「私はそんな、ただ、どうしようもなくそうしたかっただけで……」

「ああ、矢野さん、タバコ吸っても構いませんか」

「えぇ、ええ。別に」


 後藤は煙草に火をつけた。矢野は目に見えて不快な表情をしていた。どうやらタバコが嫌いらしい。

「あんた、そうやって、いつも我慢してしまうみたいだな」

「はぁ?」

「だからさ。タバコが嫌いなら、嫌いだとそういえばいい。この車は俺の車だが、客人が嫌がることをわざわざしようとは思わないさ。だったら、最初からあんたに吸っていいかなんて聞かない」

「……」

「下駄の男の話では、あの蟲は人に取りついて、自分の身体の一部を頭の中に入れるらしい。まぁ、それで洗脳されて、人気のないところで捕食する相手を選び、食い殺す。で、最後にはあんたの頭の中でサナギになって、最後は口の中から成虫が出てくる。あんたは助からない。そういうものだそうだ」


 矢野はすっかり気分が悪くなり、真っ青な顔をし、ぶるぶると震えだした。

「しかし、どの人間に寄生するかは、やはり選ぶそうだよ。誰でも簡単に洗脳できるものではないそうだ」

「わ、私は……。いや、そもそもこれは現実なのかさえ」

「そう。この蟲の性質の悪いところは、記憶のねつ造をするそうだ。あんたがさっきしゃべったことも、すべて事実とは限らないし、間違いなく、記憶の一部は改ざんされ、或いは不要な記憶は消されるそうだ」

「私は、私は本当は誰なんですか? いや、あなたも、あの下駄の男も、女も、それのあの男……、あの男は」


「矢野達也、それが三人目に殺された男の名前だ」

「や、矢野……達也、達也兄さん」


 矢野隆は頭を抱えひざをがくがくと震わせながら何度もその名前を呼んだ。


 後藤は矢野をとある病院に連れて行った。そこはこの手の事件が起きた場合に、面倒を観てくれる特別な医者がいるというが、後藤はその医師と直接あったことはない。すべて尾上弥太郎の指示である。手続きを終え、車に戻るとそこに下駄の男が現れた。


「どうじゃ。かなりまいっておるかのぉ」

「ええ。実の兄を殺したのですからね」

「殺したと思うか」

「殺したいと思ったら、あの蟲に操られたのでしょう」

「ふむ。そうじゃな。そう考えるのがいいじゃろうな」

「なんか、含みのある言い方をしますね」

「ふむ、まぁ、命が助かっただけでも良しとするか」

「で、どうなんです。この蟲の被害、まだ続きそうですか」

「奴らは死んでもニュースにならんような連中を狙うからな。しかし、今回の件でわかったことがある」

「なんです?」

「女じゃ」

「女?」

「蟲を使う女がおる。そやつを捕まえぬ限り、被害は広がるじゃろうな」

「蟲を使う女ですか」

「毒虫を使う女じゃよ。おそらくあの男の中に出てきた女じゃ」

「ど、どうしてそのことを。まだその話は……」


 下駄の男は携帯端末を取り出し、先ほどの矢野と後藤の会話を再生した。

「あんたって人は!」

「手間が省けてよかろう。あの男の服に仕掛けただけじゃ。車には何もしておらんよ」

「署に帰ります」

「後藤よ。闇の塔の悪い影響はこれからも続く。わしはわしでできることをする。お主にはすまんが、お主にはお主のやるべきことだけをするんじゃ。こっちの世界に首を突っ込むなよ。矢野のようになる」


 後藤は下駄の男を睨みつけ、車に乗ってその場を離れた。下駄の男もまた、町の中に消えて行った。


カラン、コロン、カラン、コロン……

 

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