第6話 雨に歌えば

 結局私は、不思議な力を持ったこの傘を手に取り、その場から逃げるように立ち去るしかなかった。


 もしもこの傘を、誰か知らない人が持っていくようなことがあったら……。


 それに、この傘を置き去りにしようとしても、きっと誰かが『これ、この傘! あなたの傘では?』と言いながら追いかけて来るに決まっている。


 だから私は、後悔しようとした。


 しかし、いったい、私のどこがいけないのだ?

 この力は、私の力ではない。私は、何も望んでいない。


 いったい何を後悔すればいいのだ。


 下駄の男を恨むのもどこか筋が違う気がする。

 そもそも傘を盗むやつが悪い。傘を盗むような奴は……、盗むような奴がどうなろうと……。


 私はようやく、ことの本質を理解したような気がした。


 私が後悔するようなことは何もない、悪いのは私でも、下駄の男でも、この傘でもない。


 私が私の何かを変えなければならないようなことはない。


 私は、


  『目覚ましは使わない』

  『天気予報はあてにしない』

  『ビニール傘は使わない』

  『発泡酒は買わない』

  『延滞はしない』

  『ジャージでは出かけない』

  『呪いごとは信じない』

  『セットメニューは注文しない』


 だから……、だからこんな日は、心配でしかたがない。


 もし、あなたが天気予報も見ないで、傘を持たずに外に出かけたとする。

 そしてあなたは、突然の雨にびしょ濡れになりながら、1軒の店を見つける。


 『ちょうどいい、ここで雨やどりをして行こう』


 なかなかやまない雨空を恨めしく見上げながら、ふと見ると、どこにでもあるよな、黒い傘が何本も傘立てに置いてあるのを目にする。


 そしてそのうちの一本の傘が、あなたに語りかけるかもしれない。


 大丈夫、誰も見てない

 みんなやっている

 わかりっこない

 持って、行っちゃいなよ


「今日の東京地方の予報は晴れのち曇り、ところによって雨が降るでしょう」


 私はこんな天気予報の日には……。


 心浮かれて、お気に入りの傘を持って街に出かけたくなるのだ。


 I'm singing in the rain



傘がない~おわり

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