おむらいすさんどいっち
わたし達が住む小屋は森の中の開けた場所に建てられている。
少し行けば澄んだ川が流れていて、その中ではおいしい魚たちが群れになって気持ちよさそうに泳いでいる。川に沿うようにして枝葉を垂らす木々には赤々と熟れた実がなっていて、これももぎ取ってかじり付くと甘い果汁が溢れてきてとてもおいしい。
ミアは手をべたべたにして木の実を頬張りながら、楽しそうにスキップしている。川の上流に景色のいい開けた場所があるので、そこでお弁当にしようという話になっていた。
小鳥たちの歌声に合わせてハミングしながら、わたしはミアの後を追う。普段よりも生き生きとしているミアの背中に、こちらも楽しい気分になってくる。
しばらく歩いていると、川に鮮やかな桃色の魚の群れが現れた。とても綺麗だったので止まってしばらく眺めていると、ミアが気付いて寄ってくる。
そして何を勘違いしたのか、群れの中の一匹を指差し、魔法でゆっくりと空中に持ち上げる。魚はぴちぴちと空中に浮かびながら跳ねている。
ぶつぶつと、ミアは口元で何かを詠唱する。と、魚は発火した。
いい焼き加減になった魚がわたしの手にふわふわと近付いてきて、落ちる。
ミアはわたしの反応を期待するようにこちらを見上げている。
「……別に食べたかったわけじゃないんだけどなぁ」
苦笑して、魚にかぶりつく。柔らかい身を噛むとほのかな甘みが口に広がり、何ともおいしい。
ミアがじっとこちらを見ているので、顔の前に持っていってみると、案の定かぶりついた。たぶん、自分も食べたかったんだと思う。
それからは寄り道せずに川を上って、目的地に到着した。
そのわたしのとっておきの場所からは、遠くの山脈が一望出来て、運がいいと空を飛んでいる虹色の鳥の群れを見ることが出来る。それに、近くに滝壺があっていつも涼しいし、木々の上に虹が架かる様子は筆舌に尽くしがたい。
「ミアが戦いに行ってるとき、たまにここに来るんだ」
「ふぅん……。リリィ、それよりオムライス」
花より団子なミアだった。
二人で日当たりがいいところにごろんと座り、バスケットを間に挟んで向かい合う。被せていた布を取り去ると、そこには綺麗に整列させられたサンドウィッチたちがいた。
「リリィ」
無表情にわたしを見上げるミア。今までのご機嫌が嘘のように表情がすっかり削げ落ちている。
「これ、オムライスじゃない」
「いや、うん……オムライスは崩れちゃうから持ってくるの難しくて……」
わたしも悩んだんだけど、やっぱりピクニックの定番、サンドウィッチにしてしまったんだ。
その代わり、
「これ、オムライス風サンドウィッチ」
真ん中の一つを抜き取り、ミアに手渡す。ミアは妖精でもみたかのように不思議そうな顔でそれを見た。恐る恐る、一口含むとみるみるうちに目が見開いていく。
「これっ、これっ……!」
別にサンドウィッチが逃げ出すわけでもないのに、ミアは慌てて口に運んでいく。その食べっぷりを見て、わたしは心の中でガッツポーズした。
作り方は簡単だ。始祖鳥の卵で作ったオムレツにチキンライスの具を閉じ込んだだけで、他に隠し味などは入れていない。出来たオムレツにケチャップをたっぷりとかけてパンで挟んで完成。このときのコツは普通よりもバターを多めに塗ること。
わたしも一枚抜き取って食べてみる。思わずにんまりしてしまうほどの優しい甘さに、噛みしめると香ばしさが口に広がるチキン、そして絶妙な具合のケチャップがアクセントとなっていて、オムライスとはさすがに違うけれどこれはこれでかなりおいしい。満足のいく出来だ。
わたしは風景を楽しみながら、ミアは一つでも多く食べようと躍起になりながら、ゆっくりと休日の時間は過ぎていく。遠くから聞こえてくる滝が落ちる音と、風で揺れる森のざわめきが心地よくわたしたちを微睡みに運んでいった。
気付けばうとうとしかけていて、はっとしてミアを見ると、サンドウィッチを口に含みながら寝息を立てていた。
「もう……」
くすりと笑って、口元からサンドウィッチを取り上げ、ナプキンで涎を拭いて草の上に寝かせてあげる。いつも服を返り血で濡らして帰ってくるとは思えないほどのあどけない寝顔。わたしはミアの頬に指を這わせた。
わたしの人生の中で、ミアが一番大事な存在だった。この世界に来てからミアと過ごした時間は全てが光り輝いていたし、とても温かかった。作りたてのオムライスみたいに。
だから、ミアが毎日何かと戦っているのはひどく不安だ。今日みたいな日々がずっと続けばいいと、そう願わずにはいられない。でも、そう上手くはいかないんだと思う。ミアは色々な魔法を使えるから、きっと戦わなくちゃいけないんだ。力を持つ者はそれを使う義務があるから。
わたしにはミアと一緒に戦う力はない。わたしに出来ることと言ったら、おいしい料理を作ることくらいだ。前の世界で強制されてしていた料理を、今はミアのために自発的にしている。作ってあげたいと思っている。
明日からまたミアが血だらけになって帰ってくる日々が続くんだろう。それに笑顔でおかえりと言うために、わたしはわたしの出来ることをしよう。
ミアの黒髪に触れ、赤いカチューシャを撫でる。すぅすぅと胸を上下させるミアを見ていると、思いついたことがあった。
ミアが起きる前にデザートを作っておいてあげよう。確か、滝壺のあたりに珍しい実がなっていたはずだ。
最後に優しく頭を撫でると、わたしは立ち上がってバスケットを拾い上げた。
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