リリィとミアの章
あなたは何と戦っているの?
「ねぇ、ミア。あなたは何と戦っているの?」
この世界に転生してから二ヶ月経ったその日、一心不乱に始祖鳥という鳥の卵で作ったオムライスを頬張っているミアにそんなことを聞いてみた。
ミアはもきゅもきゅ口を動かしながら、一度こちらを見上げ、また手元のオムライスに戻る。スプーンを不器用に使いながら、皿からご飯粒をこぼしながら、幸せそうに目を細めて食べている。
最後の一粒まで舐めるように平らげ、切り株のテーブルにこぼれた分もちゃんとにすくい取った後、ミアは顔を上げた。
「なに?」
食事をしている時とは打って変わった無表情で抑揚なく聞いてくる。黒髪のショートヘアを押さえつけている赤いカチューシャが、窓から差し込む朝日を反射して光っていた。
「だから、ミアは毎日何と戦っているのかな、って」
ミアは毎日朝ご飯を食べると、家具がベッドしかない自分の部屋に行き、立てかけてあるバトルアックスを肩に担いで、転移魔法でどこかに行く。そして、夕方頃にお腹を空かせて帰ってくるんだけど、ミアの服はいつも何かの血で真っ赤に汚れているんだ。
それを近くの川で洗っているときにいつも考える。ミアは何と戦っているんだろう、って。
「知りたいの?」
ミアは表情をぴくりとも変えないまま首をちょこんと倒して尋ねてくる。
「なんで知りたいの?」
「なんで知りたいのって……知りたいからだよ。ミアのことは、なんでも」
二ヶ月一緒にいるのに、わたしがミアのことで知っていることは本当に片手で数えられるくらいだ。何かと戦っていること、魔法が使えるってこと、食べるのが好きなこと、ベッドに入ったら三秒で寝ちゃうこと……。
わたしはミアのことを何も知らない。
「リリィは、私のことなんでも知りたいの?」
「そうだよ。ミアはわたしを召喚してくれた恩人だからね」
ふぅん、と不思議そうに呟いてミアは目をぱちくりさせた。
ミアはずっと一人で過ごしてきたせいか人の感情に疎いところがある。だから、自分の感情も表に出すのが苦手なんだと思う。
わたしはまだ、ミアが笑ったところを見たことがない。
「……わかんない」
ミアは生まれたての小鳥みたいにか細い声で言った。絹で出来ているかのように滑らかな睫毛を震わせて、ミアは上目遣いにこちらを見る。ミアはいちいち仕草が美しいんだよなあ、ってたまに思う。
「わかんないの。私も」
「どういうこと?」
双頭竜の繊維を編んだ艶やかな黒い服に指を這わせながら、ミアは言った。
「私はただ、呼び出された先にいる敵を倒すだけだから」
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