美脚ハザードムービー・イン・市庁舎編

第10話 大ホールくんずほぐれつ濃淡の脚

 今より初めてこの壮絶なる冒険脚劇ぼうけんきゃくげきを堪能するにあたり、激闘のあらましを掻い摘んで知っておきたいという賢明な諸氏も、読者には少なからずいることであろう。

 故にここに僭越ながら、これまでの剣脚けんきゃくたちの切った張ったの美脚チャンバラを、ごく簡便にまとめてみようではないか。


 グンバツの切れ味を誇る薄黒のシアータイツにその脚を包んだ剣脚である、月脚礼賛つきあし らいさん。モデルウォーキングで脚長町あしながまちに颯爽と訪れる。

 彼女は、刺脚しきゃくとして襲いかかってきたレギンス女のフットネイルを交わし、「足元お留守」と弱点看破し美脚の峰打ち、余裕の勝利を飾った。

 続いて黒タイツ眼鏡女子高生を力任せに振るう、カフェマスター騎士との連戦。素早さや兵糧術に苦戦の末の切り返しで、この戦いも制する。

 こうした決闘のさなかで、果轟丸はて ごうまるという毛も生え揃わぬ少年に買われることとなり、月脚礼賛の脚の商品価値は、揺るぎのないものとなった。

 その夜。ネット上の衆目を惹きつけることにより無限の磁力を生じる『女子ネットパワー』の使い手、ニーソとナマ脚のヘル・レッグケルズに襲われるが、どうにかこうにか返り討ち。

 警察の目を避けつつ逃げ込んだ団地では、一宿一酢豚の恩義あふれるハイヒール編みタイツ巨女と勝負となり、必殺技にて寸断して見せた。

 だが、しかして。斬られた巨女の入院先にて宿命のガーターストッキング秘書と対峙し、月脚礼賛はそのシアータイツの伝線による、決定的な敗北を喫してしまう。

 救いの手を差し伸べる白タイツロリナースのことを、礼賛は「老師」と呼んだ。かつての師のもとでの治療、修行、そして開眼。

 新たな戦いのための準備を礼賛が終えた頃には、脚長町町長・歯牙直哉我しが なおやがは、市庁舎の乗っ取りを既に完了していた。

 町長はガースト秘書の切れ味鋭き凶剣を持ち、いざ国政すら手中にせんと、足蹴にせんと、刺脚を傍らにズラリ揃え、吠えるようにして笑っていた。

 行け、我らが剣脚、月脚礼賛。

 待ち構えるはかつての強敵、黒タイツにニーソにナマ脚、いずれ劣らぬ美しき刀剣かたなつるぎ乱舞みだれまい

 これぞ決戦前のあらまし、一部始終である!


 さて。

 嵐の前の静けさか。

 ここ脚長町総合公園には、見目麗しい美脚町民の姿は見当たらず、実に閑散としていた。

 ベンチに腰掛けタバコを吸うは、痩せたスーツの男一人。

 警視庁刑事部第二特殊犯捜査第四係、係長。通称・胃下垂。延山篤郎のべやま あつろうである。

 紫煙くゆらす男の背後に忍び寄るは、革ジャンのチンピラ一人。その手に潜ませた小鳥を一羽、延山刑事の横顔に差し出した。


「食いますか」

「いただくよ」


 延山警部が振り向くことなくチンピラから受け取ったのは、手乗り文鳥にあらず。銘菓・ひよこ饅頭だ。

 ぱっくりと割って中の白餡を見ると、そこには一枚の湿った紙切れが仕込まれていたのである。

 『アシが動いた』。

 ひよこの腹中のメモ用紙には、そんな言葉が書き添えられていた。


「そうか、ついにかぁ……。町長が恐れてる剣脚とやらが、再始動したってんだな。いいモンもらったぜ、ありがとよ」

「延山さん、本当にやる気ですかい? あの町長と」


 革ジャンチンピラは怪訝な様子で、痩せ刑事に声をかける。

 それに対し延山篤郎、ベンチにもたれて背を向けたまま携帯灰皿に煙草押しこみ、腹中の決意を述べた。


「あの町長……。権力と脚力でもって、町長でありながら市政を脅かすだなんて、常識では考えられもしねえ行動だ。ほっとくわけに行くかってのよぉ。国家権力、なめんなよだぜ」

「その国家権力にまで影響を及ぼして、延山さんの捜査すら邪魔してるらしいじゃねえですかい。一度は捕らえたホシを、町長権限で釈放させられたと聞きましたぜ」

「ヘル・レッグケルズのことか? そういう子飼いの剣脚をチラつかせてる辺りも、あの町長の見過ごせねえところさ。このまま警察内部でくすぶってても、シッポはつかめないんだよ。直接首根っこ、ひっつかみに行くしかねえさ」

「町長の首根っこを掴むどころか……。延山さん、あんたのクビが飛ぶんじゃ? いや、クビじゃ済まない。タマを取られるかもしれねえんだ」

「だとしてもだ。俺には二つ理由がある」


 延山刑事はスーツの内ポケットに携帯灰皿をしまい、入れ替わりにサイフを取り出し、まるごとベンチに置いた。

 そのまますっくと立ち上がり、腹をかきながら公園を去っていく。


「ひよこ代、ここに置いてくぞ。お前のタレコミを聞くのも、最後かもなぁ……」

「待ってくれ、延山さん! どうしてあんた、町長の犬になって生き残る道を選ばねえんだ? そこまであんたを突き動かす、二つの理由ってのは一体?」

「……ひとつ、俺は警察の人間だ。ふたつ、後輩をやられたケジメはつけなきゃ気がすまねえ」


 哀愁の胃下垂。

 シワの寄ったスーツの背は、静かにみなぎる怒りの臭気を、立ち上らせていた——。


「ちょっ、ちょおっ、礼賛!! 無茶じゃねえのこれ!?」


 一方こちらは大人の男の低音とは打って変わり、声変わりも済ませていない、果轟丸の叫び声。

 彼の買った剣脚である、ショートパンツに薄黒ストのシックなモノトーンが映える月脚礼賛は、轟丸少年をおんぶしながら所狭しと跳び回る。

 一体どこを跳び回っているかといえば、エントランスのガラス戸を蹴破り、けたたましくも単騎突入した、ここだ。

 脚長町脚長市・市庁舎内部である。

 回復した脚力でタイル地を、疾駆し闊歩。背荷物に少年を背負っているとは、とても思えぬ機動力だ。

 とはいえこの絶え間なく落ち着かぬ移動も、むべなるかな。

 外部からの侵入者を排斥するために、市庁舎には無数のブービートラップによるお持て成しが懇切丁寧、満遍もなく敷き詰められていたのだから。

 薄手のナイロンに包まれた美脚が着地した端から、まるでその脚線に心打たれ掴みかかろうかというように、床は吹き飛び、電撃ほとばしり、爆炎が上がり、タイツを装着済みのマネキンの脚が刺さった。


「ここは奴の城。歯牙町長が市から分捕った、籠城の拠点だ。罠まみれで危なっかしくて、お前をその辺に歩かせているわけにはいかないからな、ゴーマル」

「だっ、だからって、オレをおんぶして跳び回るって!? 治療が明けてから礼賛の脚力、また上がったんじゃねーの?」

「それはこれから嫌というほど実証されるだろうさ。おそらくは実戦でな!」


 罠を回避しながらの、両足揃えてのドロップキック。礼賛目指すは、市庁舎内の荘厳なる大扉だ。

 ドアを蹴り倒して入り込んだ場所は、町民や市民、果ては県民や国民すらも利用するあの、庁舎据え付けの大ホールである。

 月脚礼賛空中回転、誰もいないホールの通路に、モデル立ちにて着地。

 周辺に罠が無いことを確認してから轟丸少年を背より降ろし、二人並んでシートに着座。

 肘をついて脚を組み替え、薄明かり注ぐステージを眺め、月脚礼賛は一段落した。


「さて、床を踏んでも壁を蹴っても電流も爆破も起きない場所ということであれば、ここで休みたいのはやまやまだが。このホールに罠がないということは、どういうことかわかるか、ゴーマル?」

「……罠があったら困る奴が、オレら以外にいるってことだよな」

「ご名答!」


 無人の客席に存在する幾つかの影をめがけ、月脚礼賛は美容の粋を尽くした脚を振るった。

 パンストにより補強された脚刀あしがたなでスパッと斬れたのは、何も座席だけではない。

 影が斬れ、地に落ちる。

 この攻撃により、その影が160デニール以上の黒タイツであったことが、白日のもとに晒されたのである。


「さすがは忍者の末裔。隠れて不意打ちかい?」

「……『忍法・黒絹隠れの術』ですわ。なんだかお久しぶりですわね、月脚さん」


 肌の透けぬ真黒きタイツを、忍び装束のようにその身に巻いて潜んでいたくノ一は、真の姿を闇より現出せしめる。

 制服姿の黒タイツ眼鏡女子高生。そう即ち、この者、名は、負門常勝おいかど じょうしょうである!


「わたくしの潜伏、よくお気づきになりましたわね。月脚さん」

「なあに、影にしちゃ随分と大きな木偶の坊が、客席に挟まってたからな」

「しまった、俺のことか! すまん、常勝ちゃん」


 礼賛の指摘で黒衣を脱ぎ捨てこちらも姿を現したのは、負門常勝のパートナーのロン毛カフェマスター。

 水町みずまちゲロルシュタインである。


「気にすることはありませんわ、水町さん。いずれにしても不意打ちなどという手段で戦うつもりなど、わたくしには毛頭ございませんでしたから。少々様子を見ていただけですわ」

「ほう? 今度こそ、その名に恥じぬ勝利をもぎ取っていくか? 負門常勝!」

「そもそもわたくし前回も負けておりませんので!」


 常勝お得意のシノビウォーク、『抜き脚ぬきあし差し脚さしあし忍び脚しのびあし』による、音も無き暗黒移動。

 美脚の残影を描きつつ、黒タイツ女子高生は滑り込むように客席上を走り、戻りのモーションが見えぬほどの足払い連打を、礼賛めがけ繰り出した。

 一撃でもその身に受けようものなら大ダメージのコンボ起点となるであろう、ダッシュ小足連打である。


「修行をなされて、新たな技を身につけられたとお伺いしましたわ、月脚さん。まずは小手調べならぬ、小足調べにて様子を見させていただきましょう」

「相変わらずの異常なスピードだな、負門常勝! しかもこうも足首を狙われちゃあ、以前みたいに『切り返し』で返すわけにもいかない」

「ふふふ。よしなに」


 余裕の笑みで右手に楊枝、左手にはオイカド印のきなこ駄菓子を所持し、持ち前の早さをスタミナ切れで失わぬよう、食事のカロリー補給も欠かさない。

 この女子高生の兵糧術。理知の象徴たる黒縁眼鏡が示す通りか、負門常勝のロジックは、相も変わらず見事であった。

 その上に不意に加わる、後載せの膂力! 圧倒的な追加質量!

 天然水でパンパンに満ちたペットボトルによる全身鎧を身につけ、水町ゲロルシュタインが行うショルダータックルが、座席を吹き飛ばして突っ込んできたのだ。

 西洋の血が混じるこの男の、全身を持っての体当たり。その肩は常勝の学校指定パンプス足裏にヒットし、過剰な重みとして推進力を与える。

 女子高生の鋭き黒タイツは、騎士のランスチャージとなって月脚礼賛を襲うのだ!


「恐るべし突進力だな負門常勝。ところがどうして、さにあらず!」

「何ですって、この技は!?」


 研ぎ澄まされた小足払いを受けもせず返しもせず切りつけもせず、礼賛はその美脚にて、蛇のように絡め取った。

 力押しで攻めこむ相手の勢いを利用して技をかける、老獪なる手腕にして足指。


「柔よく剛を制すとはよく言ったものさ。老師の教えが、お前を破るぞ!」

「これは……。現代柔道の国際ルールでは禁止されている関節技、足緘あしがらみですわね?」


 眼鏡女子高生が脳内辞書のページをめくり、教養深さを知らしめる。

 足緘あしがらみとは、両脚にて相手の片脚を挟み込み、ねじるようにして膝関節を固める、靭帯や半月板に多大な損傷を与える危険な技のことだ。

 ましてや剣脚同士での足緘あしがらみなど、いかに暴虐極まりないか。

 制服姿の黒タイツ美脚一本に、ショートパンツに薄黒ストの二本の脚がまとわりつき、光沢のない黒と透け感バッチリ薄黒とのラインが重なりひしめき合うのである。

 もう目が離せない。釘付け。


「客席を埋めんばかりにギャラリーがいたとしたなら、この技の破壊力はまさに、とめどなかっただろうな。しかし二人の男の眼差しでも、十二分の効果は発揮する」

「繊維が……はじけ飛んでいますわ……?」


 眼鏡越しに驚きの視線を送る負門常勝。彼女の履く黒タイツはみちみちと音を立て、伝線どころか裂け千切れ始めていたのだ。

 刀も武装もこのまま失うことを危惧した彼女は、秘蔵のおかわりきなこ菓子を懐から取り出し、床にバンと叩きつける。

 もうもうと煙るきなこ。


「おへっ、ごほっ、煙玉か……!」

「お、おい礼賛! 制服のねーちゃんは?」

「ああ、身を隠してすぐさまに逃げた。完全に捕らえたと思ったんだが、見事な脱出ぶり。敗北の気配を感じての逃げ脚はさすがだな……」


 しかもよくよく見れば、散った煙幕はきなこによるモノのみ。

 きなこに包まれていたもち本体は、逃げると同時に食べてしまっているという、脅威のスピードにして食を無駄にせぬこの精神。敵ながらあっぱれであると言えよう。


「やはり……このままでは貴方に勝てないようですね、月脚さん」


 口中のもちをむしゃむしゃと頬張りつつ、負門常勝は、ホール外のロビーに佇んでいた。

 瘴気の如き気焔を吐き、落ち窪んだ目は虚無を見つめ、両の手は足緘あしがらみに蝕まれた穴あきの黒タイツをビリリと引き裂き、死んだ繊維に貶める。

 常勝に連れられて共に逃げたロン毛の騎士は、複雑な面持ちでそれを見つめていた。制止したものか、奨励したものか。

 出来ることといえば、もちを飲むための硬水を横から差し出す程度だ。


「勝利のためには他に方法はないのか、常勝ちゃん……」

「負門フードインダストリーの復興のため、脚長町商店街の返り咲きのため。絶対勝利を得るつもりであれば、形振なりふりは構っていられませんわ……!」


 貪欲な勝利を目指し、蔵より発掘したシノビの遺品に手をかける、負門常勝。

 ざらり広げた絵巻物には、墨で描かれた黒雲の如き色合いの、光通さぬ黒タイツが一枚、貼り合わされている。

 勝利がため、これを、女子高生は、履く! デニール強度は、八百万!!

 一方その頃、市庁舎ホール内の礼賛と轟丸の前には、彼女らが姿を表していた。


「小足調べとか言ってぇ~……。結局負けそうになって自分が逃げ出しちゃったらぁ、意味なくないですかぁ?」

「それマジ受ける。ぱねえし! 手加減して負けるなら、アタシらみたいにトップから全力出した方がいいし?」


 きなこの目つぶし覚めやらぬ中、ステージ上から聞こえた声は、かつて戦ったニーソサークルクラッシャーと、ナマ脚黒ギャルのものである。

 そう、タイツ狩りの二人組。ヘル・レッグケルズだ。


「女子ネットパワー、プラス!」

「女子ネットパワー、マイナス!」

「くっ、引き寄せられる……!」


 ホール中央、やわらかな光の注ぐステージへと、月脚礼賛は宙を舞って引っ張り込まれる。

 ニーソとナマ脚のタッグによる抗いようのない磁力が、獲物たる礼賛を、狩場に吸い付けているのだ。

 望まない空中浮遊にてステージに飛び込む、薄黒ストの脚線美。待ち構えるは二人の美脚。

 そしてこの戦いを必死で見守る、少年の熱視線、ここにあり。


「連戦に次ぐ連戦だけどよ。安心しろよな……礼賛。オレだって修行の成果、あるんだぜ」


 次回、剣脚商売。

 戦闘続行! 対戦者、黒タイツ眼鏡女子高生、ニーソサークルクラッシャー、ナマ脚黒ギャル。

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