1-3 謎の生還者“帰者”

 彼らは奄美大島の砂浜に、集団で倒れているところを発見された。ユニカ先輩もその中の一人だった。


 ただし彼女も含め、誰一人事件前後のことを覚えていなかったということだ。

 それがまた事件をよりオカルトな方向へと押し進めた。


 謎が謎を呼び、どんな映画よりも印象に残る、大事件となった。


 実際、一度などは映画化までされたのだ。


 題名は『Unknown511』というドキュメンタリータッチのもので、その中で戻ってきた人間は『帰者きしゃ』と命名されて、ミステリアスな存在として描かれた。


 由緒のある国際映画賞を獲得して、結構な話題になったことを覚えている。


 事態がコペルニクス的転回を迎えたのは、事件の発生から、一ヶ月ほど経ったときのことだった。オカルトの空気感が、極限にまで膨らんだときのことだ。


 実は511便が出発する直前に、外国籍の三人の成人男性が、滑り込むように搭乗していたという新たな事実が、マスコミの調査によって明らかにされたのだ。


 彼らは今も尚勢力を拡大し続けている、とある新興宗教団体の、幹部信者だった。


 その事実の発覚を機に、世間の解釈は一気に常識的な方向へ傾いた。


 未だに細かい事情は明らかにされていないものの、おそらくはその三人が511便をジャック後、跡を追えないように何らかの工作を実施したのちに機長を脅し、どこかへと着陸させたのではないかという見方に落ち着いたのだ。


 それかもしくは、その途中に海へ墜落してしまったかのどちらかだ。


 そうして事件は、徐々に下火になっていった。


 枢機の葬式は、事件からちょうど一年後、帰って来なかった人間全員の合同葬という形で、とある私立小学校の体育館でしめやかに執り行われた。


 めいめいの両親と共に、キリンとぼくも参列したのだけれど、遺体がないせいか、多くの遺族が戸惑っているように見えた。


 キリンもぼくも、上手に泣くことができなかった。


 外ではしとしとと雨が降っていて、窓の遠く向こうには分厚い綿ぼこりのような雷雲がひしめいていて、時々雷が鳴っていた。


 ぼくはその雲を見て、ぼくらはみんな、いつかあの灰色の雲の中に還ってゆくんだ、というおかしなことを考えていた。


 さめざめとした泣き声が途切れることのない体育館の風景は、あたかも奇妙な悪夢そのもののようで、目に見える物質の一切が、気の病を抱える画家の作品でもあるかのように、異常なまでにくっきりと、そしてわずかに歪みつつ、その輪郭線を浮かび上がらせていた。


 口にしようと思うその度に圧倒的な無力感に襲われてしまい、誰にも、どうしても言うことができないのだけれど、今でも時々、世界がそんな風に見えてしまうときがある。

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