ゲーム『ドッグ・ファイト!』と消えた旅客機

第1章

1-1 ぼくとキリンと『ドッグ・ファイト!』

「あれ、まれお前、またちょっとかわいくなった?」


「それ以上言ったら殺すよ?」キリンの丸い顔をキッとぼくは睨みつけた。


「いいじゃねえか、男のだって立派な才能だろ」


「ぼくは男らしいのがいいんだよ」


枢機すうきさんみたいなか?」


「兄貴よりもずっとだよ!」


「無理、無理」キリンは仰ぐように手のひらを振った。「もうあきらめてその道に進めって。と言うかこのキリンさまにプロデュースさせろって」


 キリンに肩パンを決めかけたところでチャイムが鳴って、窓際の前から三番目の自席までぼくは戻った。


 あと一授業やり過ごせば、明日からは三連休だ。


 こういうときの空は、いつもの1・5倍増しで輝いて見えるから現金なものだ。しみ込んでくるセミたちの大合唱が、まるで賛歌のようにさえ聴こえてくる。


 まもなくつかつかと教室に入ってきた現代社会の教師をよそに、ぼくは目立たないようにそっと頬杖をついた。窓ガラスに映った黒髪マッシュの自分越しに青空を眺めながら、明日キリン邸でやり込むことになっているVRゲームのことを考え始める。


 タイトルは、『ドッグ・ファイト!』


 一昨年ついに発売された、仮想時空間共有システム《CVTS》を搭載している夢の多機能端末、『イマジン』用のSTG《シューティング・ゲーム》だ。


 頭文字のみにしたDF《ディーエフ》やドフ、ドグファイ、または日本語に訳した闘犬とうけんという通称で世間では呼ばれている。ちなみにぼくはDFと呼んでいる。


 ゲームのダウンロードサービスが開始されたのは半年前で、当時はイマジンと同時に発売された中世ファンタジーRPGのHG《エイチジー》——正式名称は『Hero of four people gather to another world 邦題/異世界に集う四人の勇者』——がまだまだ大ブレイク中だったから、さほどの知名度ではなかったのだけれど、そのHGに勝るとも劣らないクオリティーによってじわじわと人気に火が点いて、今やイマジンと言えば、HGかDFのどちらかというまでになっている。


 結局いつの時代でも、冒険と戦争が人々の二大娯楽なのだ。そこへ人類の夢である空を飛ぶ要素が加われば、ブレイクしないわけがない。


 ゲームの内容はと言うと、それは西暦2045年の今年からちょうど百年前に当たる、1945年の8月に終結した人類史における最後の世界大戦、つまりは第二次世界大戦中の様子が忠実に再現された仮想時空間内で行われる、戦闘機同士の『一騎打ち《ドッグ・ファイト》』というものだ。よくある対戦型格闘ゲームの飛行機版とでも言えばわかりやすいだろうか。もちろん日本以外の戦闘機も選べるようになっている。


 ざっくりと言い直すと、数十年前にライトノベルの一ジャンルとして大流行したVRMMOのような、特定の仮想時空間へ専用の化身アバターでフルジャンプして遊ぶシステムがとうとう現実のものとなり、それ用のSTGがDFになるというわけだ。


 エントリーされている戦闘機のすべては、当時全盛を極めていたレシプロエンジン、要はプロペラを推力に飛ぶ飛行機と、例外的な少数のジェットエンジン機、そしてロケットエンジン機らを忠実に再現したものになっている。いにしえの日本軍が誇った伝説の戦闘機とされている『零戦ゼロセン』もちゃんとあるということだ。


 それもあってDFは、ネイティブイマジン世代であるぼくらの年代を越え、ぼくらの両親や祖父母の年代の人間にまで幅広く愛される、国民的なゲームとなってしまったというわけだ。


 逆に言うと、新しいものばかりに囲まれている反動だろうか、古いものが若者たちの間で流行り始めていて、そこにドッグ・ファイト! がマッチングした結果なのかもしれない。いずれにしても不思議なもので、ノスタルジーという感覚は全世代に共通のものらしい。


 さておきDFには、対戦モードの他にも、歴史系シミュレーションゲームとしてプレイできるストーリーモードというものが用意されていて、そちらも一日一日の天候までもが当時に限りなく近い状況で再現されているという奇跡的な完成度なのだけど、俄然人気があるのは、対戦モードの方だ。


 とそれもさておき、ぼくはそんな世間の流行に反して、DFにはそこまで関心がない人間だったりする。ぼくが関心のあるのは、中世ファンタジーRPGである、HGの方なのだ。


 じゃあ一体どうして今回DFをキリン邸にてやり込むことになったかと言うと、前にDFで対戦した際にキリンから、


「お前は大日本帝国海軍のエース・パイロット、岩本徹三いわもとてつぞう並の逸材かもわからんな。少なくとも射撃の才能に関しては、野比のび太に勝るとも劣らない」


 というちょっとよくわからないけれど、ずい分高いっぽい評価を受けたことがあって、そんなぼくを見込んだキリンに、スカウトされてしまったというわけだ。


 と言うのも、どうしても墜とすことができない、とある長髪の謎めいた零戦乗りがいるから、代わりに撃墜してほしいということらしい。


 ぼくからすると、


「キリンさあ、他人任せで勝つとか、そういう生きざまでなんとも思わないわけ?」


 という感じなのだけど、キリンからすると、


「それこそがおれの生きざまなんだなこれがまた」


 ということだそうだ。


 そう、キリンとはそういう男なんである。見た目はほぼジャイアンのくせに、スネ夫的な性格もオタク気質なところも、幼稚園の頃から何一つ変わってない。


 と言ってもまあぼくもそこまでの暇人じゃないわけだから(実はそうなんだけど)、本来ならばきっと普通に断っていたはずなのだけど、ただキリンが協力する見返りとして、所有する二台のイマジンのうちの一台を、なんとHG付きで無期限に貸してくれるということだから、イマジンを持っていないHG好きのぼくとしては、断るという選択がどうしてもできないのだった。


 あとはそう、キリンも言っていた通り、ゲームをすることによって男を上げたいという目的もある。そうして『あいつ』に追い付き、追い抜きたいという想いがある。


 ぼくはいつの間にか、あいつこと、八つ歳上の兄、枢機のことを考えていた。


 それはこの空のせいかもしれないし、キリンが名を口にしたせいかもしれないし、教師が話し始めたテロの恐怖のせいかもしれないし、ゲームと枢機の職業に通じている点があるからかもしれない。きっと全部なんだろう。


 真っ白い入道雲を眺めながら、ぼくは枢機のことを考え続ける。


 枢機はぼくの、いや、ぼくたちの憧れだった。


 背が高くて、スポーツ万能で、喧嘩が強くて、アイドル顔負けの顔とスタイルだった枢機。


 高校卒業後、航空自衛隊からの熱烈なラブコールの下にスカウト入隊し、最年少の二十二歳でトップ・クラスのパイロット集団、曲技飛行隊ブルー・インパルスのメンバーに選出された、若き天才パイロット。


 キリンなんかはいっそ信者と言っていいほどに、あからさまに枢機のことを尊敬しているし、今もまだし続けている。


 弟であるぼくは口にこそ出さなかったけれど、むしろ表面的には反抗する態度ばかりとっていたのだけど、内心ではキリンと同じか、それ以上に尊敬していた。


 よって枢機はぼくだけじゃなくてぼくたちの憧れで、そしてぼくたちがこの世界を認識するための指標であり、目標だった。


 でも、二年前のとある晴れた夏の日に、消えてしまったのだ。


 唐突に、突然に。


 乗っていた『飛行機ごと』


 ぼくが十四歳の中学三年生で、枢機が二十二歳のときだった。


 アグレッサー部隊というブルー・インパルスをも凌ぐエリート部隊への異例の転属が決まり、航空自衛隊内における事実上のトップ・エース・パイロットまで登り詰めた、直後のことだ。

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