突拍子もない救助要請をしてしまった 2
涙はおさまるどころか次から次へとめどなくあふれてくる。
慌てて先輩に見られない様に俯いた。男の時なら足元でいくつも波紋が出来て泣いていることがすぐにばれただろう。だけど今は落ちた涙のしずくのほとんどが、膨らんだ胸に受け止められていた。
とはいえ、
「依澄君」
「ちょ、っと、……っく、待って、くださ……」
こんな横隔膜を引き攣らせた声では、すぐに泣いていることがばれただろうけど。
我ながら情緒不安定すぎる、と頭の何処かでツッコミを入れてみるけど、一度浮かんだ考えは消えるどころか頭の中で大文字表示になってしまう。
『もう家族や友人とは二度と会えないのではないか』
『それどころか命すらここで失ってしまうのではないか』
二つの文章がぐるぐると脳内で回り続けて涙腺を刺激し続ける。
よくよく考えてみれば、だ。
怪我がないから、息ができるから、性別が逆転しているから。
ある意味危機に直面していなくてある意味危機に直面していたから、今まで思考がそこへ向くまでに時間がかかったけど、これって俗に言う「詰んだ」状態じゃないか。
出口のない空間。水はあっても食料になりそうなものが存在しない空間。――そんな人が生き続けることは厳しい空間に、自分たちが存在している現実。
先輩はああ言っていたけど、恵理奈が異変を感じて誰かに知らせているかも分からないし、もし本当にここが異世界なら向こうでどんなに救助の手が伸ばされても――決してこちらには届かない。
どうやってここにきたのか分からないから、どうやって戻るのかも分からない。
きっと、部やクラスの友人にツッコミを入れたり、母親と妹に振り回されたり父や兄の電波な発言にツッコミを入れたりすることも、もう二度と出来ない。
「まじ、で、詰んでる」
思わず絶望を声に出してしまう。
そしてそれをすぐに後悔した。
泣いて現状が改善するわけじゃないのに、いつまで横隔膜を引き攣らせているつもりなんだ、俺は。
しかも余計なこと呟いて、先輩にまで自分の絶望を感染させるつもりか、俺は。
けど、どんなに頭の中で自分を罵倒しても、中々涙は引っ込まない。
そんな俺に、先輩が静かな声で呼びかけてきた。
「依澄君」
「っ……はい」
嗚咽を堪えて返事をすると、先輩の真剣味を帯びた声が問いかけてきた。
「距離を縮めるのと離れるの、どっちがいいかな?」
「……はい?」
意味が分からず、思わず顔を上げてしまう。
すると涙で視線の先で、先輩が少し困った様に微笑んでいた。
「こんな胸板で良ければいくらでも貸すし、落ち着くまで一人になりたいならそうするよ。
依澄君の涙を止める根本的な解決策は持ち合わせてない私には、今はそれくらいしか出来ないけど」
「…………」
なんだこの漢前。
弱った心を鷲掴みにしてくるようなセリフをさらりと投げかけられて、頬が熱くなった。
恥ずかしい。
先輩だって楽観的なことばかり口にしてても、俺が考えた程度の危惧は抱いているに決まっている。それなのに、俺ばっかり泣いて先輩を慰める側にしてしまった。
「――大丈夫です。ありがとうございます」
一度深呼吸してから、涙声にならないように返事をする。
多少の見栄も含みつつも落ち着いたと意思表示すれば「ならいいけど」と先輩はあっさりと引いてくれた。
「あー、でもちょっと身体を慣らす意味も含めてあっちの壁まで行って調べてくるから、依澄君ここの荷物の番をしていてくれないかな」
「え、先輩調べるって」
「大丈夫大丈夫。壁に継ぎ目っていうか引き戸の出口がないか見てくるだけだから!」
それでもやっぱり気を遣わせてしまったのか、先輩は親指で方向を示すとこちらの返事を待たずに俺から見て左側の壁に向かって駆けだした。
「あはは、何これっ。変なカンジ~っ」
……気を遣ってくれたんだよな?
妙なハイテンションで遠ざかっていく背中に向かって伸ばしていた手を自分の身体に引き寄せて、俺は濡れない様に自分のリュックの上に座った。
ノーパンと股間に対する違和感には無理やり目をつぶって、「出口、あるといいな」と声に出して願う。
先輩のおかげで涙は引っ込んだけど、絶望はまだ胸に巣食っている。
油断するとまた涙腺が緩みそうになり、俺は大きく息を吐いた。
先輩が戻ってくるまでに、この駄メンタルを何とかしなければ。
だけど一人でいると落ち着くより前にまた落ち込みそうだな、と情けない事を思っていると――
「えっ、ちょっ、どうして」
少し離れた場所で漂っていた青く光る玉が、再び俺を取り囲むように集まってきた。
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