えいゆう

 "ぶちかわ"はさらに先へと進み、≪寒い方角≫に会いたかった。しかし松明を押しながら林立する『それ』を越えていくのは、一人では困難と言わざるを得なかった。結局"ぶちかわ"は、『それ』を松明に積み、持ち帰ることにした。彼は密かに、"あかくろ"が話す武勇伝にあこがれていた。冒険したという証拠を残したかったのである。

 意気揚々と境界帯に戻ってきた"ぶちかわ"は、出会う者出会う者に『それ』を配り、冒険譚を語って聞かせた。何頭かはこれを信じ、自分も同様の冒険がしたいと夢想した。何頭かはまるで相手にしなかったが、それでも"ぶちかわ"が未知の食糧を持ってきたことだけは認めざるを得なかった。何より食糧を奪うだけだった盗人が、今や食糧を配っているのである。その変化は英雄の登場を連想させた。そうして彼らは、次なる冒険に期待したのである。

 

 ある寒週のはじまり、"ぶちかわ"は知り合いを集めて高らかに宣言した。正確には彼らの会話は接触振動によるので、一頭一頭に触れて回ったというべきなのだが、彼自身の気持ちとしては、まあ高らかに宣言したといった気分だった。

 すなわち、次なる冒険は≪暑い方角≫に向かう、と。

 彼は以前より大きな松明を制作していた。その陰に隠れながら進めば涼しいままだというのだ。出発式は、コミュニティがほとんど存在しないこの時代としては盛大に行われた。見送った者は、仕入れたばかりの冒険譚をわが子や友達に聞かせるために足早に帰宅した。

 

 "ぶちかわ"は数回転も転がらないうちに失敗を悟った。影は直ちに冷えてくれず、のろのろとしか進めなかった。松明は≪赤さ≫の輻射熱こそさえぎったが、それは松明自身が熱を帯びるのと同義だったのである。

 「僕ァ……あったかい者になれたのかなァ……」

 『暑さは柔らかさ』――道のり半ばにして松明は崩壊し、"ぶちかわ"の体は炭になって果てた。


 伝説の冒険家は、二度と境界帯へは帰らなかった。だが彼の英雄譚は、彼自身が好んだ言い伝えとともに、長く長く語り継がれていく。そして夢を与えられた幼体はみな、開拓者を志すのだった。

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