嫦娥のまなざし
真賢木 悠志
プロローグ
はじまり
静寂があった。
なにかが、そこに光を欲した。そうして、光があった。
灼熱は全てに先んじて広がり、見る者のない白き輝きは空間全てを覆い尽くした。あらゆるものを湛えた可能性の湖が生まれた。
一瞬ほどの長い時間を経て、湖の微小な各点は徐々に収束を得た。湖面は波立ち、それぞれの波の頂点がやがて島となったのである。島はひとつひとつの粒子が独立して存在できないくらいに赤く重く冷えていた。よって粒子は徐々に集まり、薄く広がるガスとなった。ガスの塊は衝突し、もつれ、絡み合うと、そこには異なる性質を獲得した群の集合が溢れた。
特に重い群は他のものを引き寄せ、ひとつの大きな黒い渦を形成した。そしてその渦もまた、ほかの渦を引き寄せ巨大な渦を形成した。その無限な連なりの内部奥深くでは、暗い淀みが再び赤さを増そうとしていた。
赤さに引かれた群どもは、やがて均等に距離を保ちながらその周囲を取り巻き、有限個の塊へと姿を変えた。最早これらはほとんど冷え切ったと言っていいほど止まっていた。互いにすり抜け合うことすら出来ない塊は、そのほとんどが安定した軌道を保つ球になった。
永劫の後、渦の外から飛来した巨大な塊が、ひとつの球を軽く弾いた。塊は球の席を奪い、代わりに球は未練がましく塊の周囲を回り出した。
球には既に、変容する力を有するなにかの片鱗が生まれていたというのに。
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