If End もしもケンジが冒険者を辞めて田舎に帰っていたら

 第60話「ねえ、冒険者なんて辞めて家畜買って田舎に帰ろう?」Endのお話です。



 そうして、俺、ことケンジは冒険者を引退することになり…ごく少数の幸運な冒険者がそうであるように、この先の人生を共に歩むパートナーを得て畑を耕して暮らすために城壁に囲まれた街を出た。


「こんなに家畜を連れて行ったら、きっと弟も妹もビックリするわ!」


「まあ、そうかもしれないな」


 サラと共に農民として生きると決めた俺は入念に計画を立て準備を重ねた。


 この世界での農村暮らしは、元の世界のようなスローライフなどでは断じてない。

 城壁もなく粗末な木の柵で魔狼やゴブリンの群れと対峙するハード・ライフである。


 厳しい環境においては役立たずや無産者を養う余裕などない。

 自分の居場所は、自分で稼がなければならないのだ。


 冒険者を辞めて農村で暮らすからには、農民として暮らすための初期資本、というやつが絶対に必要だ。

 サラの話では村に余所者に耕させるための畑の余裕はなさそうであるし、自分の膝のことを考えても一端の農民としてやっていくのは難しそうに思える。

 畑を直接耕す以外の稼ぎ方を作り出さなければならない。


 というわけで、靴の権利をジルボアに売り払うついでに農村で役立ちそうな農具や家畜を山ほど仕入れた。


「この驢馬もかわいいくていいわね」


「ああ。こいつのお陰で歩かなくて済む」


 とにかく膝に負担をかけず、遠距離を歩かなくて済むように全ては台車に積んで驢馬に牽かせている。

 驢馬というやつは頑丈で粗食に耐えて力強い。

 農村暮らしのお供、スーパーカブと軽トラを足して2で割ったような家畜だ。

 街の鍛冶屋に依頼してちょっとした馬鋤も制作してもらったので、畑を耕起するときも驢馬には活躍してもらうことになるだろう。


「それに、家畜もいっぱい!卵とお肉も食べられるわね!」


「増やしてからな。先に食うなよ」


 あとは肉と卵と糞を得るための鶏を十数羽、乳を得るための山羊を雄1頭、雌4頭と大変にやかましいお供も連れている。

 絵面はまるでブレーメンの音楽隊であり、ギイギイと鳴る車軸に合わせて揺られる家畜たちの鳴き声が長閑な田舎道に響き渡る。


 加えて、それらの当面の餌となる豆や藁、さらに現地で鶏小屋を作るための部材なども積んでいるわけだから、新人農民に転職するための元冒険者の財産としては、なかなかの額に上る財産と言えるだろう。


 となると、治安の悪い城壁外では山賊や怪物達に狙われそうなものだが、今回の場合はその心配はなかった。


「悪いね、わざわざ副団長のあんたに護衛してもらうなんて」


「なに。団長の命令だ。あんたにはこれからもときどき相談に乗ってもらいたいからな。首から上が無事じゃないと困る」


「そうだな。街にいったら事務所に寄らせてもらうよ」


 自分だけでは冒険者の靴の権利は守りきれないと感じ、強さには定評のある傭兵団のジルボアに権利を全て売ったわけだが、依然として工房での靴製造管理については俺が一番詳しいということでアドバイザー契約を結ぶことになったのである。


 また団の運営についても、スイベリーの依頼で相談には乗ることになっている。


「農村から追い出されたら兵団に来な。いつでも歓迎するぜ」


「そうはならないよう、せいぜい努力するさ」


「そうよ!ケンジはもう冒険者になんてならないんだから!」


 冒険者のようなヤクザな商売からは足を洗ったが、結局のところ農繁期は農村で稼ぎ、農閑期は街で兵団相手にアドバイザーとして稼ぐことになる。

 専業農家ではなく兼業農家の道を選んだ、と言えるのかもしれない。


 こんな厳しい世界で暮らすための、俺のせめてものリスクヘッジだ。


「あ!村が見えてきた!お――――い!帰ったよ―――――!!帰ってこれたよ――――――っ!!」


 驢馬が頑張ってくれたお陰か、太陽が地平線に沈む前にサラの生まれた村に着くことができた。

 サラの呼びかけに応えて、山の麓の森を切り拓いたことが伺える小さな村から、ひどく小さな人影が2つ転がるように走り寄ってくるのが見えた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 農民としての暮らしが安定するまでには、数年を要した。


 余所者の冒険者。さらに足を怪我した不具者として「どこの馬の骨が転がり込んだのか」と入植当初は村民達からの視線が冷ややかだったのは事実である。

 貧しく厳しい辺境の暮らしで役立たずを養う余裕はないのだから、自然な反応ではある。


 しかし、結果的に最初の部外者扱いは俺が購入し持ち込んだ私有財産を守ることにもつながったのだから皮肉なものだ。


 農村の共同体の一員として迎え入れてもらえなかった代わりに、俺は商行為を通じて農村の一員として加わらざるを得ず、それは力強くも素朴な暮らしを営んでいた農村に経済活動をもたらすことに繋がった。


 俺が最初に提供したのは、鋼製の伐採・農具のレンタルと馬鋤による耕起である。


 例えば、傭兵団の武器も手掛ける街の凄腕鍛冶屋が制作した斧は、流しの鍛冶が修理し続けたボロい斧とは素材からして違う。

 村の周囲の木の伐採は、燃料の確保、柵の強化、村の面積の拡大のためにも必須の労働であったわけだが、なまくら斧では時間ばかりかかり森の怪物に襲われる危険が高い仕事だった。

 それが、俺の斧を使えば比較にならない短時間で終わるのだ。

 村人は、こぞって俺の斧を使いたがった。


 村人は金銭を持っていないから、俺は貸しとして代金を帳面につける。

 金を借りた人間には、どうしても物言いがしにくくなる。

 俺はそうして村の仕組みに寄らない発言権を得た。


 同じことは馬鋤の貸し出しでも起きた。

 働きもののロバと馬鋤の組み合わせは、小さな農村には過剰な耕作力だった。

 村人はごく短時間で畑の手入れが終わることに驚き、より広い畑を持ちたがった。


 森を切り拓き村を広げること、広くなった村で畑を広げること。

 そうして、人間の世界を広げること。


 今までの村には不可能だったが未来が、街から来た元冒険者の小さな投資で広がりはじめた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 人間の記憶と言うのは便利にできていて「得になる」と理解できれば多少の不信や差別も都合よく書き換えてしまえるようだ。

 俺とサラのことをあからさまに蔑んで根も葉もない噂をまき散らしていた連中も、喜んで農具を借りに来た。

 俺も商売人である前に人間なので、少しばかり帳面に書きつけた値段は多めにしておいたが。


 耕作地が増えると、肥料が必要になる。

 そこは買い込んでいった鶏や家畜が役立った。


 獣や泥棒が入らないよう鶏小屋を作るのに苦労はしたが、順調に増えていく鶏は村に肉と卵と肥料をもたらした。

 連れて行った山羊は雑草を根こそぎ食べてくれたし、乳は村の子供たちに健康を運んでくれた。


 俺は村人との取引を丹念に帳面につけ続け、数年もすると人と畑が増えて少し大きくなった山村で、ちょっとした面積の畑と多くの家畜と隠然とした影響力を持つ「村の有力者」というやつになっていた。


 ★ ★ ★ ★ ★


「とうちゃーん、かーちゃんがよんでるー」


「おお、もうそんな時間か」


 傾きかけた陽に帳簿つけを中断し、とてとてと短い脚で走ってきた息子を抱き上げる。

 マルスは数えで3才になった。


 もちろん、俺とサラの子である。


 納屋を改築した俺の仕事場に言葉もできない頃から出入りしていたせいか、数字や言葉が村の他の子供たちよりもかなり覚えが早い。

 母親に似て食いしん坊なせいか、体も大きい気がする。


 納屋を出て母屋の方に行くと、サラが食事の支度をしていた。

 大きな竈からはパンの焼けるいい匂いが漂ってくる。

 小さな竈の鍋にかけられたシチューから漂う香りと合わせて食欲を刺激する。


 経済的には使用人に任せてもいいのだが、自分好みの味の食事をとるために人には譲れない仕事らしい。


「今日のパンは、ちょっと自信あるのよ」


「わあ!しろーい!」


「そうだな、白いパンだな」


 相変わらず、サラは白パンが好きなようだ。

 白米の銀シャリにこだわる戦中戦後世代っぽい、と苦笑してしまうが、彼女にとっては豊かさと平和の象徴なんだろう。


 7日間に2日はパンが食卓に出てくる。

 小麦を挽くのにも労力がかかるわけだから、村人の平均と比較するとかなり多い割合と言えるだろう。


 こうした細やかな贅沢ができるのも、村の小麦畑の面積が大きくなったことと、肥料のお陰で収穫が増えたことが理由である。

 村の寄り合いでは祝いの麦酒を増やそうか、などという話題も出るようになっている。


 余った麦の使いみちとして、麦酒というのはよくある話だ。


 ふと思いついたことがあり、元冒険者で今は妻であるサラに聞いてみた。


「そういえば、サラはパスタって食べたことがあるか?」


 End


SkebでBITバナナさんより依頼をいただきました。

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