第758話 古い教会
教会のデザインに合わせた街を造る。
そのためには教会の過去のデザインを調査したい。
と、クラウディオに持ちかける。
「古い教会の資料、ですか」
「そう。できれば外観が判っているものがいい」
この世界の建築様式で何とか式、と言われてもよくわからない。
なので、できれば羊皮紙に描かれた絵などが判っていると良い。
「でしたら教会の人間を紹介しましょう。先方も、この地区に建てる教会について相談したいでしょうし」
「こちらから相談させてもらえるのか?」
何となくのイメージとして、今度の教会は先方が費用を出して建てるものであるから、ある日偉い技術者がやってきて上から指示するのを押しいただくものだとばかり思っていた。
「教会はそんな高圧的な組織ではありませんよ。善良な市民と村人の相談に乗る民と共に歩む志を持っています」
クラウディオは苦笑する。
言われてみれば、たしかに城壁の内の市民と農村の村人達には尊敬されていた気もするし、そもそも邪悪なばかりの組織が長続きする筈もない。
俺の出自が冒険者で冷遇された記憶しかないのと、最初に接した教会関係者が高圧的で無茶ぶりばかりする司祭様だったせいか、多少の偏見があったかもしれない。
「それで、いつ頃の記録を調査しますか?1000周期程度でしたら中央教会に問い合わせずとも資料はありそうですが」
「1000…」
周期とは要するに麦の収穫を基準にした単位で、ざっくり1年程度を指す。
正確に天文観測したわけではないからよくはわからない。
が、およそ1000年か。
ローマ帝国が始まって終わるぐらいの期間である。
下手をすると中央教会の奥の書簡をひっくり返すと数千年単位で歴史や文献が残っているのかもしれない。
とても自分で調べられる気はしない。
専門の人材の手助けが絶対に必要だ。
「もし調査に行くなら、1人同行させたいのがおるんじゃが」
珍しい。ゴルゴゴなら「自分が行く!」と真っ先に言いそうなものだが、自分ではなく他人を連れていけ、という。
「誰を?」
「エランじゃよ。あれはなかなか良い絵を描く」
エラン。
「絵を描きたい!」と奉公先の商家を飛び出して橋の下(文字通り)にいたところを拾われて、今では工房でゴルゴゴの印刷機改良の下働きをしている少年である。
「できるか?」
「構わないでしょう。教会でも絵の描ける人材は必要になるでしょうから」
教会は印刷業を興すにあたり絵の描ける聖職者を集めているらしい。
聖職者は若い時分に学習用として神書を筆写することになっているのと、また実務で書類を作成する必要もあり字の上手い者はそれなりにいるらしい。
だが、絵を描くとなると基本は暇を持て余した貴族、貴族に後援された専門の職人、あるいは閑職の聖職者のような金と技能と時間を兼ね備えた希な人間にのみ訓練を許された職能であり、聖職者全体を見回しても数が足りないそうだ。
「教会の神書の絵が市井の庶民向けの料理本よりも下手では権威に関わりますから」ということだ。
印刷業の価値を認めさせ譲渡する交渉の際にサラがつくったレシピ本のサンプルページが、教会の中ではある種の基準となっている、と聞いて思わず吹き出してしまった。
あのページは、現代の本のように文字の行間やレイアウト配置、それに絵を多用してわかりやすくなるよう作った記憶がある。印刷業が誕生したばかりの世界で、数百年分のノウハウがつぎ込まれた本を作るのはさぞ苦労するに違いない。
絵をかけると言えば男爵様を、と思い出しかけてやめた。
あの解剖大好き博物学者の貴族様に話を持ちかけたりしたら、教会の門扉に怪物の骨を飾りかねない。
「聖靴通り」どころか「怪物通り」になってしまう。
ホラーハウスが娯楽になるには怪物が駆逐される未来が実現してからのことになるだろう。
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