第745話 率直な面子

頭から煙が出そうなほどに、うんうんとうなり続けること3日間。

ようやく他人に相談できるレベルで街並みの要件ができてきた。


完成ではない。相談の叩き台である。

であるから、できるだけ視点の違った人間に見せて多くの指摘をもらいたいわけだ。


ところが、ここで問題になるのは自分の身分である。

革通りや冒険者界隈では、自分は少しばかり偉くなりすぎた。


あまり自覚はないが、冒険者ギルドに用事で赴けば若い冒険者達は憧れでキリクを眺めーーー俺ではないーーーベテラン達は道行きを譲る。

他の靴屋の親方達もひと頃のように文句をつけてくることがなくなったし、教会の上の方で話がついてからは工房への襲撃もない。


小さい社会でのことながら権力者になった、ということなのだろう。

安全で快適ではあるが、居心地は良くない。


「そういうわけで、新しく作る区画について率直な意見が欲しい」


幸いなことに、靴工房の立ち上げ時から自分のことを知っている面子は、自分が足を悪くした冒険者崩れでしかなかった時代をよく知っている。

多少は身分が上がったとしても、あまり気にしない連中が多い。


工房の一室に集められたのは、工房の株主であり新規技術開発が大好きな職人のゴルゴゴ、食いしん坊のサラ、護衛兼連絡役のキリク、金持ちの代弁者としてアンヌ、聖職者代表としてクラウディオ、冒険者代表として”ピンハネ”マルティン、である。


聖職者のクラウディオ以外は率直な意見を期待できる面々である。

聖職者の率直な視点については、どうせ最後にニコロ司祭から率直すぎる意見を山ほどいただけるであろうから気にしないことにする。


「本当は団長も呼びたいところなんですがね」


「ジルボアか。最近は忙しそうだものな」


他人のことをとやかく言えた義理ではないが、ジルボアは都市周辺の依頼はスイベリーに任せて本人は教会と組んで都市の外の依頼ばかりを受けている、と聞いている。

守護の靴の納品数も多いし、相当派手に活動しているようだ。


あの怜悧な男が区画整備についてどんな意見を持つか聞いてみたいものではあるが、もう少し計画が具体化してから意見を聞く機会もあるだろう。


「聞いてるわよ、最近は稼いでいるんですってね」


相変わらず派手な化粧にきっちりと結い上げた髪、おまけに夜会にでも出るのかという場違いに豪華な衣装と装飾品で身を飾ったアンヌの久しぶりの挨拶がそれである。


「お金になりそうな話よね!あたしも噛ませてもらうわ」


この女も上流階級向けに聖者の靴を売ったりで稼いでいるはずだが「劇団の維持には経費が必要なのよ」と、その金銭への執着に限りはない。


区画整備で呼び込みたい顧客のターゲットはアンヌの顧客とも重なる部分が多いので、その嗅覚は大いに頼らせてもらいたいところだ。


「儂は印刷機の改良を続けたいんじゃが・・・」


後ろ向きな発言をしているのはゴルゴゴである。教会のお墨付きで金銭の心配をせずに印刷機の改良を進める日々が充実して仕方ないらしい。


「新しい区画には新しい機構が必要でね。そこは意見が欲しい」


下水道を整備するならば地盤の改良も必要になるし、整備のためにマンホールのような穴も必要になるだろう。下水穴が詰まらないよう網を設置するとか、様々な設備も合わせて開発していかないとならない。

新規のインフラ整備を手がける技術人材の系譜が途絶えてしまったこの時代、車輪の再発明を手がける人材が必要なのだ。


その意味で、実際に下水道のメンテをする駆け出し連中を指導するマルティンの参加も不可欠だ。建設と運用は一体の業務である。メンテしにくいインフラを建設してしまえば、その費用は将来に渡って祟り続けることになる。

臭いのしない道を作り上げ維持するためには、現場で掃除を担当する連中の意見は最初から織り込んでおくのが効率良い。


サラについては外す理由がない。


「まあ、こんなところか。じゃあ始めさせてもらおうか」


卓上にざっと書き込みを入れた羊皮紙を広げ、不足分については黒板に図辞して区画整理の意味、期待する機能、建設計画などざっと小一時間ほどかけて説明する。


「今のところ、こんな感じで考えている。各人の立場から率直な意見が欲しい」


と、説明を締めたところで意外なことにキリクが最初に口を開いた。


「それで、この街をどうやって守るんですかい?」


守る。その発想はなかった。

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