第744話 黒板と白墨

新しい通りと周囲の建物を含めた区画を、どのような区画としてデザインするのか。

都市計画を学んだ人間がいれば丸投げしたいところだが、例え丸投げするにしてもーーーそして丸投げ先もなさそうだがーーー仕様や要件の定義というものがある。


悩んだときはどうするか。

まずは書くのだ。


久しぶりに白墨を持って黒板の前に椅子ごと移動する。

事務所を拡張して拡大するにあたっては、壁の一面を丸ごと黒板にしてある。

本当は前面の壁を黒板にしたかったのだが、それはサラに禁止された。


「課題・・・課題か・・・」


コツコツと白墨で黒板を軽く叩くと混乱した思考が少し澄んでくる。


「教会の肝いりなのだから、まず教会は必要だな。それも2等街区の住人も喜んで来るような立派な奴が」


要件のところに”・2等街区クラスの立派な教会”と書く。


「教会は靴の聖人ーーー俺のことだーーーの儀式を定期的に実施して枢機卿に聖者の靴の納品行列を行うのだから、広場が必要だな」


”・儀式のための広場”と追記する。


「娯楽の少ないこの街の住人は広場での催しが好きだ。広場を見下ろせる観客席が周囲の建物にあると客足が延びるだろうな」


”・広場を見下ろせる店舗とバルコニー” と書く。いいぞ、だんだん調子が出てきた。


「住居、飲食店、店舗の割合も決めておきたいな。食中毒を出すような屋台を無秩序に出されても困るが安価な軽食を出す屋台は必要だろう。しかしデザインが統一されていないと雰囲気を壊すな。いっそこちらで貸し出すか・・・?」


”・区画目的の計画”

”・屋台のデザイン”

”・レンタル契約の検討”


書くべき内容、検討事項があとからあとから湧いてくる。

これは一人で検討しても埒があかないか・・・?

いや、しかし相談できる人間もいないよな・・・


個別の項目についてならば、商家出身の新人官吏もいるし、教会の儀式については聖職者に相談もできるだろう。


だが、そもそも何について相談すべきかについては、自分しか相談相手がいないのである。

テストに例えると問題の解き方について相談はできるが、問題の設定は自分しかできない。

そういう状況である。


そうした状況を打破するためにどうすればいいのか。

解決手段は一つである。


書くのである。


自分が何を悩みどこに問題があると考えているのか、ひたすらに脳味噌に汗をかきながら書き続けるしかないのである。


とにかく思いつくままに課題を書き連ねていくと、おおよその分類と傾向が見えてくる。

こればかりは元の世界で休日深夜までこき使って訓練してくれた会社に感謝したいところだ。


問題は大きく分けて3つある。


まずは「区画の全体的なビジュアルイメージをどうするか」というビジョンの課題がある。

新しいコンセプトの区画であるから、イメージの共有は必須である。

そうしたグランドデザインを起こせる人間は極めて限られているし希少だろう。

とはいえ、その解決策は論理的に煎じ詰めると「できる人間を連れてくる」「できそうな人間に任せる(自分を含める)」「余所の真似をする」という3つに絞られる。

詳細は後で検討する。


次に「区画にどんな機能を持たせるか」という機能の問題がある。

区画でどのような人々がどのような活動をするかを想定し、その支えとなるハードを計画する作業と言い換えることもできる。

これは「宗教的な機能」「商業的な機能」「住宅の機能」「インフラの機能」の4つについて検討する必要がある。

これも詳細は後で検討するが、専門家の助けは借りられる領域だろう。


最後に「区画をどのように建設、維持するか」というプロジェクト管理上の問題がある。

人力に頼るしかないこの世界での工事は大勢の人間が長期間従事する必要があるし、多くの建材や資材、そして専門的な人材の助けが必要となるだろう。

商業と住宅区画については教会の当初予算には含まれていないだろうから、自分で調達するか金の有り余っている大商人達に投資を呼びかける必要があるかもしれない。

プロジェクト管理とは「人材」「資材」「資金」の「人・モノ・カネ」の効率的な投資と運用の技術でもある。

とはいえ、この領域については靴工房の建設や領地開発などで官吏達も含めて経験のある分野でもある。


「やはり、デザインだな。区画のグランドデザイン・・・これをどう固められるかが勝負だな」


真っ黒だった黒板が書き込みで真っ白になる頃には、もやもやとしていた作業の全体像が見えるようになっていた。






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