第743話 失われた技術
測量士が来たからといって「あとは任せた!」というわけにはいかない。
そもそも測量士は測ることの専門家であって街並みの設計をする専門家ではない。
専門家は特定の技能で依頼者の実現を手助けしてくれる人であって、ビジョンを示すのは依頼者の役割である。
「…と、いうわけで2等街区から革通りまで真っ直ぐに道を敷きたい」
「いやはや、これは驚きますね。街中にこれだけの規模の工事をすると。まさに前代未聞といっても良いのではないですか?」
と、いうのが多くの土地の測量に携わってきたはずの測量士の感想だった。
たかが数百メートルの工事で大げさな。
元の世界の基準で言えば多少栄えた商店街程度の工事でしかない。
この都市にも2等街区をぐるりと取り巻く長大な城壁や教会の大聖堂のように天を衝くような巨大建築は存在する。
たしかに自分のような一介の工房主にとっては目もくらむような大工事ではあるけれども、教会のような巨大組織からするとささやかな投資に過ぎないのではないか、と反駁するも
「いえいえ。それらの偉大な建築群は我々から何代も、ひょっとすると何十代も前の神代に築かれた代物です。私のような若輩者には縁がない工事ですし、親方の親方にも手がけられた方はいないのではないですか?」
と怪訝な表情で返される。
そういえば・・・かなり前、たしか報告書の件で合ったばかりの頃にニコロ司祭は言っていた。
「我々、人類社会は衰退しかけている」と。
怪物の脅威に直面し永く成長を阻まれてきた社会において、巨大建築のように資源の余剰を必要とする、ある意味で贅沢な技法は失われた技術なのかもしれない。
「すると個別の建物を建築したことのある人間はいても、都市の通りと家を合わせてデザインしたことのある建築家はいない・・・?」
「いないでしょうね。貴族様は家を受け継ぐものですし、成功した商人は城壁の中の家を買って改装するものです。いやいや、これは大変な工事になりますよ!」
バンドルフィは嬉しそうに手をこすり合わせた。
・・・俺はあんまり嬉しくないのだが。
◇ ◇ ◇ ◇
「現地でトラブルになったら困るから」というのでキリクに何人か護衛につけて測量士に現地調査に生かせた後、俺は羊皮紙が積み上げられた卓を前にして考え込んでいた。
「お茶、煎れなおすね」
気がつけばハーブ茶も冷たくなっていた。
考え事をしすぎたせいか、喉も乾いてた。
「それで?今度は何を悩んでたの?」
「わかるか?」
「そりゃあね。ケンジが眉間に皺を寄せて腕を組んでいるの、何度も見てるもの」
すっかりお見通しらしい。
「悩んでいた、というよりは反省していたんだ。すっかり偉そうに指示するだけになっていたなあ、と」
「そうなの?だってケンジって本当に偉くなったじゃない?靴の工房だってこんなに大きくなって、大勢の人が働いて、たくさんの子供達も食べられるようになって・・・」
「肉も白パンも食べられるようになったし?」
「そうね!白パンも毎晩食べられるようになったわね!」
冒険者時代に、依頼を達成した銅貨でお祝いに食べていた贅沢品も、今では食べたいときに好きなだけ食べられる。
ささやかな、それでいて元冒険者としては十分すぎる成功の味。
ひとしきり笑いを納めたあとで、それでも言わずにはいられない。
「今作ってる通りが最終的にどんな姿になるか、サラはイメージできるか?」
「うーん・・・ハーブと花の香りがして・・・すごくお金持ちっぽい感じ?」
「だよなあ・・・」
サラの話を聞いてハッキリした。
この計画にはグランドデザインを策定できる専門家が欠けている。
誰か「あなたの言っていることがよくわかりません」と言ってくれれば気がつけたのに!
とんだ裸の王様である。
それらしく仕上げることのできる専門家に予算さえあれば丸投げできた元の世界と異なり、そもそも何十年、ひょっとすると何百年も存在しなかった都市計画のデザインという仕事を作り上げながら工事を進めなければならない、ということだ。
「都市のデザインとか、全く専門外なんだがなあ・・・」
とはいえ、自分がいかに素人であったとしても、自分以外は素人ですらない状態なのだから自分で手がける他にない。
「もう少し楽ができると思ったんだけどな・・・」
そう愚痴るしかない。
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