第738話 道を造るには

明日(26日)発売のコンプエース5月号に異世界コンサル株式会社のコミカライズが、一挙に4話再掲載されます!また来月以降も順次、新話が掲載です

コンプエース編集部の方に感想をいただけると嬉しいです


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「道よ。出来るがよい」


と、言葉だけで道を造れるのは神書の聖人だけである。

俺のように聖人ならぬ地べたを這い回る庶民としては、道を造るには地道な調査と周到な準備が必要となる。


「というわけで、お前達に仕事を頼みたい」


とにかくも街に詳しい人手が必要ということで集められたのは、スライムの核を納めにきて靴工房で配給される飯を食っていく駆け出し未満冒険者の連中である。


年の頃は14才から12才ぐらいを20数名。

垢じみて髪は延び放題、すり切れたサンダルか裸足の小汚い少年達ではあるが、目はギラギラと強い意志をうかがわせている。


「この子達、洗ってあげたいんだけど・・・」


隣に立つサラが落ち着かなげに手のひらを開いたり閉じたりしている。

村の弟たちと変わらない年頃なのだろうから、いろいろ気になるのだろう。


「説明が終わったら綺麗にしてもらうさ。あんまり汚いと仕事にも差し支えるしな」


こちらが小声でやり取りしている間も、少年達は誰一人として目を離したり余計な話をしない。ずいぶんと躾られている。面倒見のいいキリクあたりがしごいているのかもしれない。


「それで、仕事ってのはなんでしょう?」


言葉を発さない少年達に代わって質問をしたのは、年は30がらみ、視線は鋭く頭髪が短く剃り上げられて片足が板金鎧で杖をついた冒険者風の男。通称”ピンハネ”マルティンである。


この男は元冒険者で足を悪くして引退したところまでは俺と同じだが、悪知恵を働かせスライムの核を狩ってその日暮らしをしている駆け出し未満の少年達から場所代を搾取していた生き汚い破落戸の元冒険者の類であった。


工房の見習いが被害者の一人だったこともあり、貧乏人の子供から搾り取る根性も気に入らなかったので、剣牙の兵団の連中の力を借りて締めた上に頭を剃り上げてやったのだが、多少は読み書きが出来るのを買って冒険者ギルドへ加入する駆け出し連中の案内をやらせていたところ、今ではちゃっかりと少年達の相談役のようなポジションに納まってしまっている。

何とも不思議な立ち回りのうまさがある男ではある。


「1日2食を保証する。それと1日小銅貨1枚を全員に1枚ずつ支給する」


最初に仕事の待遇を説明すると、おおっ、とか、すげえ、と小さく声が上がった。

小銅貨1枚あれば、三等街区でも比較的まともな宿に泊まれる。

数人で出し合えば食事と清潔なシーツのついた宿にだって泊まれるかもしれない。

何日か働けばチビて欠けたナイフを交換したり、すり切れた服を端切れであてがえるかもしれない。

そういう金額である。


街中でまともな仕事につくことが難しい駆け出し未満の少年達にとっては非常にわりの良い仕事、と言ってもよい。

おまけに小石や砂が入っていない上にニンニクとたっぷりの塩で味付けのされた温かい麦粥を1日2回腹一杯食べられるとなると、食べ盛りの連中にとって報酬以上に美味しい仕事でもあるかもしれない。


期待に満ちた視線を向ける少年達に端的に仕事を告げる。


「この通りに教会を建設する。お前達にはその道ならしを頼みたい」


「えっ」


「俺たちが教会・・・?」


「うそだろ・・・」


告げられた当人達は戸惑い、不安そうに肘でつつきあったり、中には口と目を見開いている者までいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「彼らに仕事を任せて大丈夫なんでしょうか?」


不安を訴えるのは教会から派遣された聖職者のクラウディオである。

せっかく教区を立ち上げるという名誉ある仕事を任されたのに、小汚い子供達を使うことでケチがつかないか心配なのだろう。


「この仕事は適任だから任せたんだ。すぐにわかるさ・・・と、来たか」


3人1組で派遣していた連中の1組目が、足早に戻ってくるのが見えた。


「名前は?」


「ペーターです!」


一番の年長らしき少年が代表して返事をする。


「よし。内容を教えてくれ」


「はい!肉屋のダーシーさんですが、叔母さんと2人で経営しています。2階には弟さんが家族で住んでいるそうです」


「ほう・・・台帳にはないな。賃貸か。それで?弟の仕事はわかるか?」


「ええと、荷物を運んだり壁の石を積んだりしてる、って言ってました」


「日雇いか。家族というと他に働き手はいるのか」


「かーちゃん、いいえ奥さんがお針子をしているそうです」


「子供はいるのか」


「いないと思います」


「はい、お仕事ご苦労様」


報告が終わると、サラが小銅貨とは別に賤貨を人数分渡す。

子供ならちょっとした買い食いぐらいはできる額だ。

少年達は賤貨を受け取ると、嬉しそうに走って次の仕事へ戻っていく。


「やれやれ。この名簿も地図も穴だらけだな。ほとんど書き直しか」


駆け出し連中が持ち帰ってきた情報を小さな羊皮紙に書き込んでから、卓上の大きな羊皮紙へピンでとめる。


「・・・教区の情報は頻繁には更新されませんから」


現状を説明するクラウディオの声は少しばかり苦々しい。


「3等街区だからな。人頭税もろくに払ってない連中や流れ者も多い。別に教会を責めてるわけじゃない。それに彼らに仕事を任せる理由もわかっただろ?」


聖職者が答える前に、サラが横から答える。


「お掃除に来た子供達がいても、誰も気にしないものね」


「そういうこと」


2等街区入口から真っ直ぐに革通りまで続く道を建設するにあたっては、正確な測量もさることながら、その道路沿いの建設予定地に本当は誰が住んでいて、どんな仕事をしているのか、その正確な情報を求めたところ、どこにも載っていないし誰も知らなかったのである。


しかし普通に調査に赴いたところで住人達は人頭税や何かのイチャモンをつけられると用心し、正確な情報を出してはくれないわけで。

そのためにやむを得ず、駆け出し冒険者の少年達を使い国勢調査のような真似事をしているのだ。一介の工房主に過ぎない、この俺が!


「一介の工房主はニコロ司祭に教区の立ち上げを任されたりしませんが」


クラウディオが何かを言っていたが、俺は無視して駄賃を目当てに走ってやってくる連中の報告を受けつつせわしなくペンを走らせ続けるのだった。

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