第726話 この場所に集い働く人々を

「子供の情報収集は、あくまで補助ですよ。怪しげな余所者については、剣牙の兵団からも情報が来ますから」


クラウディオがマルティンの言葉を補足する。


「ほう」さすがジルボア。そのあたりは抜かりないか。


「兵団から門番の衛兵に小遣いを握らせてありますからね」


と、護衛のキリクが自分の手柄のように胸を張った。

賄賂なのだから、もう少し控えめに言わないとダメなのではなかろうか。

聖職者のクラウディオも苦笑している。


ふと横を見れば、名残り惜しげに粥を掬い終えた子供が共用の井戸に向かい、なんと食後の器を洗い出した。

目を丸くして観察していると、子供はそのまま工房の中庭に入っていく。

しばらくすると、かつーん、かつーん、と石が壁に当たる音が響いてきた。


「あれは・・・」


間違いない。中庭に設けられた練習場の的を目がけて杖投石器を使用している音だ。


「まずかったですかね?職人達が練習してるのをもの欲しげに見てたんで、やらせてみたんですが。邪魔なら止めさせます」


「いや、いい。やらせろ。むしろ奨励したいくらいだ。他にも希望者がいれば受け入れろ」


「わかりました!」とマルティンは満面の笑みを浮かべて中庭に向かった。

どうも奴なりに、あの子供達を気にしているらしい。


「あの杖、別の子達にも使わせてあげたいわね」


鍋を背負った三人組を思い出しているであろうサラの言葉に「そうだな」と同意する。

サラも、直感的に、この方法が駆け出し未満の冒険者の状況を変える一助になる、と感じているのだろう。


駆け出しの子供の冒険者の直面する大きな課題は、その非力さと貧しさだ。

力があれば棍棒でも戦える。金があれば槍や剣のように鋭い武器を手にして、頑丈な革鎧と兜で怪物の攻撃に耐えながら戦える。

だが、駆け出しの子供冒険者には、どちらもない。


サラのように幼少期から弓の腕を磨いていた子供、などというのは例外中の例外に過ぎない。

普通は農民として農業に必要最低限の技能と頑丈な体だけを元手に、食い詰めた連中が冒険者になろう、と街へやってくるのだ。

そうして、多くが路半ばで野垂れ死にするか、大怪我を負い不具を抱えて生きることになる。


杖投石器ならば、棒と縄で作れる。つまり装備に費用がかからない。

遠心力を利用すれば子供でも強力な投石という遠距離攻撃ができる。つまり防御が弱くても何とかなる。

一番の難題である扱う技能の不足は、この練習場で訓練することで補える。


手数の少なさは、同じ技能を身につけた者同士数人で組んで絶え間なく攻撃すれば良い。

結果として、子供でもより安全に怪物と戦える、かもしれない。

きちんと戦う技能がありさえすれば、同じ冒険者達から搾取される可能性が低くなる。


「やるじゃないか、マルティン」


スライムの核を狩り、鑑札で飯を食わせ礼儀を教える。食べたら石投げを訓練する。

そうして信用と実力を身につけることで、底辺から抜け出す方法を体に教え込む。


原始的だが、子供の駆け出し冒険者育成の仕組みができかけている。

この芽は大事にしたい。


「さすがに、子供の扱いは手慣れたものだな」


あとで帳面からマルティンの借金は減額しておいてやろう。


解消ただにはしないのね」と、サラが笑う。


それは本人が完全に更正した、と確信してからだ。

あのマルティンは、拾いものかもしれない。


◇ ◇ ◇ ◇


クラウディオの案内で工房に入ると、領地への赴任前とずいぶんと印象が違う。

あまりに長く離れていたせいだろうか。


「なんか、広くなってない?」


そう、サラが言うように工房が広くなったように感じる。


「小団長が不在の間に隣の工房から申し出があって、そちらの土地を買い取ることにしました。正式な契約はまだですが、とりあえず倉庫として使っています」


クラウディオの説明に、印象が違って見えた理由を納得する。


それが理由か。天井近くまで積み上げられていた靴納品用の箱が視界にないからだ。


一時期、急な生産増に対応するために事務所の中にまで靴箱が溢れていたことがあった。

あの頃は「地震が起きて崩れたら靴に埋もれて死ぬな」などと思いつつ革の匂いにまみれて隅に置かれたベッドで小さくなりながら眠りについたものだ。


「すっごい綺麗になったわね!」


サラがはしゃぐのも無理はない。

他の場所も、工房が全体的に圧倒的に綺麗になっている。


床は塵一つなく掃き清められ、革の端切れ一つ落ちていない。

壁も穴はきちんと補修され、場所によっては鉢に花まで飾ってある。


「壁の補修は、剣牙の兵団からの見舞いです。その、襲撃者を撃退したときに壊した詫び、ということだそうで」


頷きつつ、それだけが理由ではない、と感じる。

この光景は、剣牙の兵団でも見たことがある。


鉢の花を飾ったのは、おそらく手伝いに来ている職人の奥さんの仕業だろう。

男所帯の職人だけで工房を運営していたときには、考えられないことだ。


女性の目があると、男達もゴミを散らかすのを遠慮するようになる。

異性の目があるということは、かくも組織を健全化するものなのである。


子供が手伝いにきている、というのも良い影響を与えているように思える。

子供が見ている前で、父親が仕事に手を抜いたり、同僚に横柄に振る舞ったりはできないものだ。


「いい工房になってきたな」


サラは同意するかわりに、別の言葉で表現した。


「帰ってきた、って感じがするわね」


そうだな、その通りだ。

全ては、この靴工房から始まった。


「この場所を、守ってやらないとな」


今や、この場所は自分だけのものではない。

この場所を生きる糧とし、ここを生きている場所と定めた大勢の人々がいる。

この先に何があろうとも、この場所と、ここで働き集う人々を守らなければならない。

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