第700話 奴らはどこにいる?

「気になってることって?」


何が気になっているのか。自分の中の考えを、ゆっくりと整理しながら説明する。


「最悪を想定すれば、連中はこの領地に入り込んでいる。そこまではいいか?」


まずは前提の共有。全員が頷いたのを確かめてから、続ける。


「だが、奴らはどこにいるんだ?」


そして疑問を投げかける。

パペリーノが反射的に答えようとして、首をかしげる。


「どこって・・・どこでしょうね?たしかに」


焚き火もなく領地の外で何日も過ごすことは難しい。だが、柵に囲まれた大して広くもない村の中で見知らぬ集団が野営していたら目立たないはずがない。


「少し前までなら村長一族の空き家、と言いたいところだったが、公園にする、とかでに平らにしちまったしな」


キリクが顎髭をなでながら鼻に皺を寄せる。

村長の家は、ある種の児童預かり所として残してあるが、住人のいなくなった村長一族の家は土地を確保し木材をリサイクルするために解体してしまった。


だから、この村に集団が潜めるような空き家はない。


「そこでだ。ちょっともう一度地図を見てくれ」


「この地図がどうかしたの?」


キリクが卓上に用意した地図を全員で覗き込む。

この地図はキリクが連絡役の少年達を鍛えるために制作したもので家屋や地形については一通り描かれているし、様々な施策のチェックに役立っている。


「この印は、豆を配ったときのチェックだな」


「そうね」


レンズ豆を配布したときに、どの家が取りに来て、どの家が取りに来ていないか。

配布漏れや重ねて配布などのミスがないよう、名簿と合わせて住所でもチェックをした印が地図に残されている。


「その上に、豆畑を拓くための出稼ぎ農民派遣を依頼してきた印を重ねてみる」


「ふむ」


豆を欲しいと言った農家、手伝いが欲しいと言った農家について印を重ねていく。

この領地の農家は前の領主の苛政のため長く苦しい生活が続いていた。

だから代官に対する不信感が解消した後は、横のつながりでもってどこの農家も先を争って豆の配布と労働者の派遣を頼んできたのだ。


「あれ、まだ頼んでない家があるね」


ところが地図上に一軒だけ、豆も取りに来ていないし、労働者の派遣もされていない農家がある。


「そうだ。それと村の子供のリストはあるか?」


まだ重ねるべきデータがある。キリクが作成した公園に来ている子供のリストだ。

もともとは子供の健康度を見るために作るよう言っていたリストだが、とんだところで役に立っている。


「ちょっとまて。この家の子は・・・1人いるはずだが、公園に来たことはないな」


地図と生誕名簿とキリクの子供リストを重ねてみると、この家には子供が1人いるはずだが、キリクがリストを作り始めてから、公園に来たことはないという。


視察でもこの家の近所は通ったはずだが、どうも記憶にない。


「サラは、この家に見覚えは?」


赤毛の娘が首を横に振って無言で否定した。

キリクもパペリーノも、同じように首を左右に振った。


間違いない。この家に奴らがいる。


無言の確信と沈黙が、全員の上に重苦しくかぶさってきたような気がした。


◇ ◇ ◇ ◇


「それでどうする?」


しばらくして乾いた唇をなめながら沈黙を破る。


生誕名簿の整備、公園の開設、子供たちの健康度チェック、全ては農民達の生活向上の施策として実施したわけだが、それが治安維持のツールになるとは皮肉なものだ。


「キリクの意見は?」


「奇襲ですな。相手が気づかないうちに急襲して、殺す。相手に魔術を使う時間を与えない。それに尽きます」


なるほど、容赦がない。

相手はおそらく手練が数人おり、こちらの方が人数が少ない。

先手をうって、何もさせないうちに殺してしまうというわけだ。


「作戦は?」


「表で気を引いて、その間に潜入します。昼間の方がかえって容易かもしれませんな。気を引くのは連絡役の連中にやらせましょう」


「却下だ」


「子供ですよ?気を引くだけだから安全ですし、相手も油断します」


「それでもダメだ」


頑なに否定すると、キリクは大きくため息を吐いて別の案を提示してきた。


「では大人を使いましょう。こちらで出稼ぎ農民に指示して庭を耕しにやりましょう。人数が一定以上いれば連中も慌てるでしょうし、姿を現すかもしれません。その間に裏口から入って急襲します」


「わかった。それならいいだろう」


農具は鉄製だし、農民が10人もいれば相手も武力行使をためらうだろう。

口先で追い返せる、と思うかもしれない。


独身の男を優先的に選ぶように、とだけ注意して行動の詳細を検討する。


「それで気は進みませんが、サラ嬢と代官様にもご出馬願おうかと。何しろ、この村でまともに剣や弓をとれるのは、自分を除けばお2人だけなんで」


キリクは家の中に入って暴れる役目なので、俺とサラで裏口を固めることになる。


「ゴルゴゴとパペリーノは?」


「固く鍵をかけて倉庫に閉じこもってもらうしかないですな。多少は我慢してもらうしかないでしょう」


「どうだ?我慢できるか?」


急襲したつもりが誘拐されました、などという事態になっては笑い話にもならない。

2人には鍵をかけた倉庫に閉じこもってもらうことになる。


「それは構いませんが、代官様は剣が振れるので?」


「そうね。ケンジ、大丈夫かしら?」


真剣な話をしているというのに、どいつもこいつも失礼なことを言いやがるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る