第683話 走る見る描く
翌日から、キリクは黒、茶、赤毛の3人の子供たちを村中に走らせはじめた。
「それで、これが偵察の成果というわけか?」
「まあ、まだ遊びの延長みたいなもんですがね。それなりに楽しくやらせてますよ」
いつもの仕事部屋には大きな卓が運び込まれており、その上に何やら地図のようなものが広げられている。
というか、地図そのままだ。ただ、普通に測量された地図とはかなり違う。
線は粗いものの、どの道が通りやすい、村のどこの柵に穴がある、段差があるので防衛しやすい、などと様々な注意書きがある。
「これが傭兵団の作る地図ですか。教会のものとは大分ちがいますね」
キリクの手製の地図を覗き込んだパペリーノが感心して何やらメモをしている。
それに対し、キリクは「いやいや」と苦笑して答えた。
「これは、団長がやっていたのを真似しただけですよ。伝令ってのは、地図が読めないと務まらない商売とか何とか。ずいぶんと、しごかれましたよ」
たしかに伝令をしていれば土地勘のない遠隔地へ伝令に出されることもあるだろう。
その際に地図が読めると任務の遂行確率があがるに違いない。
「まあ、地図のない土地も多いですからね。結局、自分で地図を作れるようにならんといかんわけです」
「なるほど。行軍のための地図、ということですね」
しきりに感心するパペリーノに応えつつ、キリクは「ただ、問題もあります」と指摘もしてきた。
「やはり文字が書けないというのは、いろいろと不自由しますな」
「それは・・・まあ、な」
初めから分かっていたことである。
出稼ぎ農民として困窮する中で、子供たちは満足に教育を受けられないできた。
ただ、伝令として文字が書けないことはハンデである。
全ての指示を記憶しなければならないし、報告も口頭に限られる。
「意外と字は読めるらしいんですがね。本が読めるってほどじゃないですが、人の名前ぐらいは何とか」
書けはしないが、読むことはできる。おそらく、意味はわからずともある種の記号として記憶しているのだろう。
すると、それまで黙っていたサラが疑問をぶつけてきた。
「ねえ、村の子供達は雇わないの?ここの村の子も雇わないと、文句が出ると思うんだけど」
「それも考えた。ただ、この村の子たちは既に仕事をしているだろう?」
「確かに、その通りね。水くみ、草取り、弟とか妹の面倒見たりとか、忙しいかもしれないわ」
農村では子供は小さくとも立派な労働力である。
農地を持っていない出稼ぎ農民の子供とは事情が違う。
平等を心がけることは必要だが、各人の置かれた状況を考慮しないのは悪平等とも言うべきものだ。
「どうしても働かせてください、と根性ある子が言ってきたら、また考えるさ」
外から見ていても、キリクの訓練はなかなか厳しい。
あれを見て自分も、と言い出す子供は、あまりいないのではないだろうか。
「村人の名前を憶えるので、引っかかってますな。顔と名前が一致しないとか」
出稼ぎ農民達は、この村で育ってきたわけではなく、村長一族以外の村人ともあまり交流がなかったらしい。
伝令役として訓練中の子供達からすると、誰に情報を伝えたのか、という確認がある種の鬼門となっているようだ。
「まあ訓練すれば、いずれ何とかなるとは思いますが」
キリクはあくまで訓練で押し切るつもりらしいが、それは少し効率が悪そうに見える。
「例えば、人でなく場所に伝えるならどうだ」
「と、言いますと?」
「せっかく地図を作っているんだ。地図上の家屋まで行って、家人に情報を伝えたかどうかだけ、こちらでチェックする。そうすれば、少なくとも全ての家に情報が伝えることはできる。あとは家の誰かから家族に話してもらえばいい。
そうだな。地図上の家に片面を裏を黒く塗った賤貨でも載せて、情報を知らせた家についてはひっくり返す、とすれば子供達の記憶を当てにするよりも、だいぶ信頼性があがるんじゃないか。
人の顔と名前については、おいおい憶えていけばいい」
「なるほど、兵団の伝令なら死ぬ気で憶えさせるところですが、子供ですからな。そうしますか」
教官のキリクが方針の変更を認めてくれたおかげで、3人組の少年たちの訓練は少しだけ楽になった、と後でサラを通じて聞いた。
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