第663話 教会は騒ぐ

えらく早いな、とゴルゴゴの案内に従い、ぞろぞろと作業場と化した半地下の倉庫に向かう。


「この倉庫は静かで良いな。作りもしっかりしとるから、多少の無茶をしても文句を言われんからのう」


などとゴルゴゴは上機嫌だ。


倉庫がしっかりしているのは、当たり前だ。

何しろ領地の最大の財産を預かるのだ。

この世界における食料庫は、そのまま銀行のようなものだ。


外壁は分厚い石造りであるし、床も石畳で水平もとってある。

明かり取りは上の窓からしか入ってこないが、作業場としては文句がないに違いない。


とはいえ、今年の納税があればこの倉庫は一杯になる。

後でゴルゴゴを説得して、別の場所に移ってもらう必要がある。


「・・・それで、これがそうなのか?」


ゴルゴゴが自慢げに示したモノの印象は、一言で表現するなら、大きなヘチマだった。

茶色いゴツゴツした穴だらけの筒が、緩やかに傾いた状態で木枠から輪になった紐でぶら下がっている。


「そうじゃ!まあ、見てくれは悪いがの」


悪いとかそういう問題だろうか。

ハッキリ言って、なんだかわからない。


「まあ動かせばわかるじゃろ」


いつものように説明が適当なゴルゴゴが筒の片側からレンズ豆をざらりと入れると、ヘチマを吊った紐を下に引っ張り始める。


するとヘチマが回転し、ざらざらと音を立てて筒の中の豆も回転しはじめた。


ゴルゴゴが、慎重に、ゆっくりとベルトを引いてヘチマを回し続ける。


「あ、落ちてきた!」とサラの指摘に目を凝らすと、たしかにヘチマの隙間、正確には粗い目からポロポロと豆が落ちてきている。


慌てて、豆をうけるための浅い籠を置いていく。


ゴルゴゴはそうした喧騒に頓着することなく慎重にヘチマを回し続け、ざらざら、ざらざらという豆の音が段々と小さくなっていった。


そうして全ての豆が落ちきると、ゴルゴゴはベルトを引く手を止めた。


「どうじゃ?手直しはあるが、かなりいい線をいっていると思うんじゃがな」


控えめな口調とは裏腹に、その口元はかすかにゆるんでいた。


「これは・・・たしかにすごいものです。しかし、いったい何がどういう仕組なんですか」


パペリーノは、この器具の有用性に真っ先に気がついたようだ。

小麦ほどではないにしろ、協会には豆が税収とし莫大な量が集積される。

その豆を品質によって容易に振り分けることができれば、税収の正確な計測が可能になる。


「これは、簡単に言うと、底を抜いてくっつけた4つの網目の大きさが異なる籠が回っておるのだ」


言われてみれば、ヘチマのゴツゴツとした面は、籠の網目そのものだ。

それを乱暴に紐と木でつないである。


「最初は揺らす方式でやっておったんじゃがな、どうにも目に豆が詰まる。するとひっくり返して豆を取りだなきゃならん。で、思いついたんじゃよ。いっそのこと丸い籠をそのまま回せば、詰まった豆は下に落ちるじゃろう?」


振動式から回転式への発想の転換というわけだ。

回転式にすることでメンテナンスが楽になる。

そして、回転式にはもう一つの利点がある。


「あとはまあ、適度に揺すってやってもいいがの。回して、揺らして、下に落としていく。すると籠の網目から豆がこぼれ落ちていく、というわけじゃ。なに、籠さえ調達してしまえば、あとはくっつけて回すだけじゃなからな。それに、これなら水車で回すこともできるじゃろ」


回転式は、水車につなぐことで自動化ができる。

小麦ほどの商品価値はないので、この領地に運んできて分別するということにはならないだろうが、教会の抱える莫大な倉庫の豆を価値で分けることができれば、利用価値は高い。


「これ、豆が割れちゃったりしないの?」


と心配するのはサラだ。


「まあ、思い切り早く回せばそうなるかもしれんが、ゆっくり回す分には大丈夫じゃな」


そのあたりの歩留まりは、実際に稼働させながら改良していくしかないのだろう。

気温や湿度、豆の乾燥具合などによって回転数を変えることができれば良いのだが。


「あとは材料じゃな。とりあえずはありあわせの籠を使ったが、あれは変えたほうがいいんじゃろ?」


「そうだな。豆の大きさは、教会の方で決めてもらった方がいいかもしれんな」


「早速、報告します」


パペリーノが真剣な顔で答える。

豆が通る大きさの目を決めるということは、豆の等級を決定することにつながる。

つまりは、豆の価値の評価基準を策定するという巨大な利権だ。


領地の都合で適当に決めて良いものではない。

おそらくは、現在の商家で使用されている等級などと擦り合わせて、新しい基準を決定していくことになるのだろう。

教会では、対応に大わらわになるに違いない。


飛び込みの業務増加に苦い顔をするニコロ司祭を想像し、少しだけ意趣返しができたように感じた。

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