第649話 理想の農家
「まずは確認したいんだが、パペリーノの言うところの理想的な農家、というのは、どんな農家なんだ?」
あれは違う、これは違う、と否定するのは簡単だが、まずは理想のイメージを言葉にしてみる作業を持ちかける。
「理想的な農家ですか・・・」
少し考えた後で、パペリーノは理想とする農家を指折ってあげだした。
「まずは、豊かであってほしいですね。己の才覚で収穫を増やしており、人を使うのも上手い。そして徴税額も大きい、これが帳簿の上での理想的な農家でしょうか」
「なんか、よくわかるような、わからないような話ね」
サラが頭の後ろで手を組んで、不満を漏らす。
たしかに、パペリーノの話を聞くだけで、いかにパペリーノが農家の現場や実情を知らないかがわかる。
「サラは、どんな農家が理想なんだ?」
農民の暮らしをよく知っている人間に、どんな農家が理想なのか、話題を振ってみると、奔流のように言葉が溢れてきた。
「え?あたし?そうねえ、まず家畜が欲しいわね。鶏でもいいけど、牛がいたらすごく嬉しい!畑を耕すのが、すごく楽になるもの。畑は四角くて家から近くて広いといいわね。
それと、いろんな麦を植えたいわね。小麦だけじゃなくて、燕麦、ライ麦、大麦、小麦。季節によっても変えたいし、そりゃあ、小麦の白いパンが一番美味しいけど、病気が流行って全滅したら困るでしょう?
場所も問題ね。森に近いと実りがいいと言うけど、猪とか怪物も多いから、森からの距離は悩むところね。もちろんあたしが弓で射てもいいんだけど、夜中だと気が付かないこともあるでしょ?
あっ!ええとね、家の庭の畑も欲しいわね。家族用の食べ物は、庭の畑で作りたいもの。生垣にエンドウ豆を植えて、内側にはレンズ豆を植えて、ハーブは鉢で育てて、ニンニクと玉ねぎはちゃんと世話をすると、すごく香りがいいのに育つの。あと、リーキもあると美味しくなるよね。
家族だけの井戸があると便利で嬉しいけど、でも近所の人と共同井戸でお話するのも楽しいし、家にパン釜があったらすごく贅沢!
家は壁がしっかりとした石造りで、床は全部磨いた木の板が張ってあって、冬も風とかが吹き込まなくて、地下の食料庫も広くなってて、たくさんの蓄えがあって。ネズミが入ってこないように、地下室もしっかりと壁は漆喰が塗ってあると嬉しいわね
部屋は、ふ、夫婦の部屋と、一緒に豆の殻を剥いたりする広い台所・・・」
途中で妄想の世界に浸りきってしまったのか、だんだんと声が小さくなって聞こえなくなった。
振り返ってパペリーノに声をかける。
「これが、農家の考える理想の暮らしだ。ちょっと偏っている気もするが。何かヒントになるか?」
声をかけられたパペリーノは小さく頷いた。
「まず、私がわかっているつもりで、全く知らなかったことがわかります。そして、代官様が報告書を書く前に、ここへと連れ出してきたという意味も」
「そうか。なら、どうする?」
「そうですね。今の話を聞いて思ったのは、やはりお金持ちの農家のやり方を真似るべきだ、ということでしょうか」
「ほう。村長のところは、あまり生産性は良くなかったと思うが」
「それは村長のやり方が、余所者を奴隷のように使うことで成り立っているからです」
「ふむ。それ以外のやり方が?」
「村長がしていたように畑を耕すのに働き手が必要なのは確かなのです。ですが、それを人手以外の方法、例えば、その働きを牛に肩代わりさせている農家は徴税額が大きく、かつ豊かなのではないでしょうか」
パペリーノの言いたいことは理解できる。
農家も産業である以上、労働者1人あたりにどれだけ効率の良い設備があるかで、生産性が決まるのではないか、ということであり、その象徴が牛に代表される家畜、ということだ。
金持ちの農家で、設備投資をしっかりとしている農家が理想の農家なのではないか、ということか。
「それも、一つの見方だな」
農業に魔法のような工夫や技術はなく、ただ単に資本と設備の差で生産量が決まるという見方は、浪漫には欠けるが、一歩現実に歩み寄った見方ではある。
「それでは、次の農家で実際のところを確認してみるか」
議論をしながら歩いている間に、2軒目の農家の姿がぐんと近づいてきていた。
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