第626話 石投げの原理
ひゅん、と小気味よく空気を割く音がすると、綺麗な放物線を描いた石が木の的に当たって、ガツン、と音を立てる。
「ようし、当たった!」
「父ちゃん、すげえ!」
拳を振り上げて喜ぶ職人と、目を輝かせる子供、男ってのは仕方ないね、と見つめる妻。
どこかの競技会のような光景が、革通りの工房の裏で繰り広げられている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
きっかけは、ジルボアに支持された防衛の訓練内容について検討していた時の話だ。
「投石って石投げのこと?何か道具なんているの?」
杖投石器(スタッフ・スリング)を調達して訓練する、という項目にサラが疑問を持ったのだ。
言われてみれば、たかが石投げである。杖投石器というのは何かよくわからないが、その辺の石を拾って投げるぐらいは、子供でも出来るはずだ。
ところが、キリクがそれには異を唱えた。
「いや、街の人間は石を投げる経験なんてないでしょうから。サラさんを基準にしたら駄目ですぜ」
確かに、職人達は街で生まれ育った者が殆どで、スポーツなどもしていない。
「ちょっと手伝ってくれないか」
近くにいた職人2、3人に空き地で壁に向かって石投げをしてもらうと、キリクが正しいことがわかった。
まず、石の握り方がなっていない。フォームがなっていない。肩ができていない。フォロースルーがなっていない。
「そういえば、街の子って石投げしたことないのね」
サラに聞くと、農村の子供は畑を荒らす鳥や獣に石を投げるのが、人気の遊びだったらしい。
サラは早い時期から弓を覚えたので石投げはあまりやらなかったが、それでも職人達に比べれば大分マシだ。
「これは道具が要るな」
大人を訓練して、満足な技量に到達するのを待つよりも、道具を作ってしまう方が早い。
キリクが剣牙の兵団に少量の装備があるというので、杖投石器を持って来てもらうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これが杖投石器か」
かたちは、単純である。
人の身長を超える長さの棒の片方に、縄で石を乗せる浅い袋がついている。それだけだ。
「これ、どうやって使うんだ?」
「袋に石を載せて、棒を振りかぶって、振り下ろすだけですよ」
簡単なキリクの説明を聞いて理解する。
要するに、釣り竿の重りを飛ばすのと同じ動作だ。
棒のリーチで遠心力を稼ぎ、石を遠くまで飛ばすのだろう。
「やってみますか?」
キリクに促されて、空き地に移動する。
「行軍中はこうして首に紐をかけたりするんですが、そういう細かいことはいいでしょう。攻撃する時は、石を載せて、振り下ろす!」
掛け声と同時に、置かれた木の的が砕け散った。
キリクが説明しながら軽く振り下ろした杖投石器は、馬鹿みたいな速度と破壊力だった。
ひゅっ、ずがん!と、飛翔音と破壊音が同時に響いたような気がする。
「・・・なんだこれ」
呆然として呟くと「まあまあですかね」と言いながらキリクが寄ってきた。
「今は的が近いですからね。すばしこい怪物相手には当たらねえし、デカイ奴には効かないんですが、油壺を飛ばしたりするには便利なんで、自分を含めて斧槍兵の連中は、一通り訓練を積んでるんでさ」
両手を使って振り下ろす動作が、斧槍を振り下ろす動作に似ているのと、両手なら重いものを飛ばせるので、炎に弱い怪物相手に油壷を投げつけたりするそうだ。
「街中では使えないな。火事になる。いや、革を加工する薬品なんかをバラ撒くのも手か」
革通りには、怪物の皮を加工するための劇薬もある。
石ころへの防御を固めて押し寄せたところに液体の劇薬などがかけられれば、被害は相当なものになるだろう。
長い棒の片方に小さな袋がついているだけの、出来損ないのラクロス棒のような道具が、にわかに恐ろしげな兵器に見えて来た。
キリクの棒を振り下ろす動作を見ていて気がついたのだが、昔、TV番組で見たことのある中世の攻城兵器である投石機(トレビシェット)の腕の部分と、スケールこそ違うが構造と動作の原理が同じなのだ。
「人間っていうのは、おっかないな」
ただの棒と縄と石ころが、かくも恐ろしげな兵器になる。
これを職人達に訓練させようとしている自分も、同じ穴の狢のわけだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「でも、これって怖いからやりたくない人がでるかも」
サラが心配するように、職人達は基本的に荒ごとに耐性がない。
避難訓練でも、生の暴力に触れると体が固まってしまうのだ。
「まずは抵抗をなくすために、遊びでやるしかないか」
「遊び?」
「休憩時間の娯楽にする。的当て遊びの場所を作って、賞品も出す」
男は、子供から大人まで的当て遊びが大好きだ。
これは本能のようなものだから、仕方ない。
杖投石器と的を作り、ルールを決めて競技にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その結果、今では工房で杖投石器を用いた的当てゲームが大流行している。
単純な振り下ろしでなく、頭上で回転させてから振り下ろして投石速度を上げるなど、動作(フォーム)に改良を加える者や、石を丸く削りだしてマイ石弾を持参するものなど、様々だ。
中には自分の杖投石器を持ちたい、などと言い出すものも出てきたので、慌てて武器管理倉庫を作った。
さすがに、革通りの外に武器を持ち出すのは不味い。
「まあ、楽しそうだからいいんだけどな」
自分で仕掛けた流行であるが、職人家族達が楽しそうにしているのを見ていると、自分がとんでもない悪人のように思えてくる。
それでも、これが少しでも彼らを守る力につながればいい。
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