第三十七章 お祝いの日

第616話 お祝いをしよう

「教会からの知らせ、来ないですね」


「そうだな」


この会話をするのは、何度めだろうか。

それだけ、クラウディオにはショックの大きい体験だったのだろう。


1人の落ち着きのなさというのは伝染するもので、工房全体が、どことなく浮足立っているようで作業のミスも多い。

ただ、落ち着けと注意したところで、どうなるものでもない。


事務所で、休憩ついでにサラに相談してみることにした。


「どうしたらいいと思う?


それに対する、サラの答えは少し予想と違っていた。


「お祝いして、元気づけたらどうかしら」


「唐突だな。あいつは聖職者だぞ」


上の方はいざ知らず、見習いや助祭ぐらいの若い聖職者の暮らしというのは、質素なものである。

祝ったり、贅沢というのは無縁のはずだ。


「司祭様だって、結婚式とかやってくれるじゃない」


「それは・・・まあ、そうか」


農村であれば、司祭は誕生から結婚、葬式まで全てを管理運営するイベンターでもある。

ハレの舞台が必要だ、という見方はわからなくもない。

それに、若いのだから発散の場も必要だろう。


「あとは、工房のみんなにも参加してもらいましょ!」


「それは構わないが。何か理由があるのか?」


少しばかり話が大きくなりすぎではないだろうか。

その思いが顔に出ていたのだろうか、サラが口を尖らせて反論してきた。


「ケンジが教会に連れて行かれたとき、みんなで見送ったでしょ?あの後、小さい子達は心配で泣いちゃったりして、大変だったんだから」


「泣いた?なんでまた」


てっきり、笑顔で送られたとばかり思っていたのだが、そんなことになっていたのか。

聖職者に迎えに来てもらったし、名誉なことと思われていたのではなかったか。


「迎えに来た聖職者の人たち、すごく仲悪そうだったじゃない。子供って、そういうのに敏感だから」


「あ~・・・」


たしかに、あの時の2人組は剣呑な雰囲気だった。

俺自身は命まで取られるとは思っていなかったが、工房全体の見送りには悲壮感もあったような気がする。


「それに、また忙しくなるんでしょ?」


それを言われると弱い。


俺の勘でいうなら、おそらく印刷業は認可されるだろうし、そうなればまた忙しくなる。

それに、代官を任された領地の監督と製粉所の建設状況も確認に行く必要がある。


つまり、猛烈に忙しくなることは確定的に明らかである。


「まあ、そういうことであれば、お祝いするか」


忙しさに対する穴埋めというやつである。


「やった!あたし、皆に知らせてくる!」


サラは元気よく立ち上がると、工房の全員に知らせに行った。

なにやら、工房の方で歓声も聞こえる。


こうして、靴の工房では、急遽お祝いをすることに決まったのである。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「とは言え、何をしたらいいものやら」


俺はこの世界のお祝い事に詳しくない。


冒険者というヤクザな暮らしで、いわゆる一般的な習慣とは縁のない暮らしを送っていたということもある。

農村を拠点にして怪物駆除などをした際は、時期によっては収穫祭のお零れをもらうことはあったが、武装した余所者が閉鎖的な農村で歓迎されるはずもなく、祭りというのは遠くから見ているものだった。


「そもそも、何のお祝いなんだ?」


「それは、神様に感謝するお祭りよ!」


サラが胸を張って答える。


「まあ、いいか」


その手の信仰や習慣で、目くじらを立てる理由はない。

何にせよ、トラブルを乗り切ったのだから、祝えばいいのだ。


プロジェクトのキック・オフだと思えばいいのだ。


「しかし、お祝いといっても、何をすればいいんだ?」


「それは・・・肉よ!」


「肉か」


肉は正しい。それはわかる。

だが、それだけというわけにもいかないだろう。


「あとは麦酒ね!」


「麦酒か」


混ぜものや沈殿物が少ない新鮮なビールは美味かろう。

酔えば浮世の憂さが晴れるというものだ。

肉と麦酒の組み合わせは、正義だ。


ふと、気になって聞いてみた。


「それ、サラが食べて飲みたいだけじゃないのか?お祝いは、それだけでいいのか?」


「な、なに言ってるのケンジ!お祝いなら、肉と麦酒よ!」


目を合わせてこないのが気になるが、まあいいだろう。

サラが喜ぶメニューであれば、工房のみんなも喜んでくれるだろう。


「それから、パンね!白いパン!」


「それは、そうだな。みんなで焼くか」


以前、村の祭りでは白いパンを総出で焼く、とも聞いていた。

街の人の習慣はわからないが、白いパンを工房の皆で焼くのはお目出度いような気がする。


「それからね、それから・・・」


まだあるのか。

まあ、いいだろう。なんでも来い。

ある種、諦めの境地でもある。


「あの、細長くてグルグルしたやつ、もう1回食べてみたいの!」


そう言って、手首から先で棒か何かを回す動作をしてみせた。


ぐるぐる?

怪しげな工具を扱っているような動作を見ていて、気がついた。


「ああ、パスタか。たしかに、連中にも食わせてやる約束をしていたな」


「そう、パスタ!あれを皆で食べましょう!そうしたら、きっとみんな元気になると思うの!」


というわけで、工房ではパスタパーティーをすることになった。

まあ、平和でいいことだ。

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