第615話 教会の関与
説明が終わると、無言で退室を促された。
法廷ドラマなどでは、ドラマチックに判決を言い渡されたりするものだが、そのようなイベントはないようだ。
おそらくは、俺への質問攻めはある種の前哨戦や儀式のようなものに過ぎず、俺を介さない裏の会議室で本当の権力者同士による闘いが行われるのだろう。
そんな竜(ドラゴン)同士の闘いに巻き込まれては、自分のような一般人は、プチッと潰されてしまう。
さっさと退散するに限る。
帰り際に呼び出しがあるかも、と心の準備だけはしていたのだが、特に何事もなく案内人に先導され、大聖堂から五体満足で出ることができた。
会議の最中は物凄く長時間の詰問であったように感じていたが、実時間からすると、そこまで長い時間ではなかったらしい。
太陽の位置や傾き具合からすると、せいぜい2、3時間といったところだろうか。
何にせよ、何とか細い綱を渡りきることができた。
と、重圧から解放されると同時に、ドッと疲労感が押し寄せてきた。
そのように感じていたのは俺だけではなかったらしい。
最初から最後まで同行してたクラウディオが、珍しく、こちらに聞こえるように深呼吸していた。
「生きていることを神に感謝していたのです」
などと聖職者らしく大げさな言い方をするので、護衛のキリクと一緒に笑うと
「冗談なんかではありません!」
と生真面目な顔で叱られてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1等街区と2等街区を隔てる門のところまでくると、数人の迎えが来ていた。
剣牙の兵団からは副長のスイベリーが、工房からはサラの顔が見える。
軽く手を挙げると、ブンブンと手を振ってくるのが可愛らしい。
「ケンジ、無事だった!」
門を越えると、サラが飛びついてくる。
送り出された時の状況を考えれば、サラが心配するのも無理はないが、終わってみれば単なる儀式でしかなかったようにも感じる。
例えるなら、アメリカ議会の公聴会とか、日本の国会の参考人質疑とか、ああいう政治ショーに付き合わされたような、見世物になっていた感がある。
ニコロ司祭が、ほとんど口を挟んで来なかったのは、そのせいもあるだろう。
もっとも、致命的な失敗でもすれば切り捨てる気であったろうが。
「印刷業、うまく認可されるでしょうか」
工房に向かう途中、クラウディオが深刻そうな顔で聞いてきた。
どう答えようか考えていると、同行している連中も聞きたそうな顔をしていたので、簡単に解説することにした。
「認可されるかどうかで言えば、おそらく認可されるだろうさ」
そう答えると、周囲はドッと沸いた。
実際のところ、彼らに短期的に直接的な利益があるわけではないのだが、それでも自分の仕事と思ってくれたのは嬉しい。
印刷業に教会が興味を持ったのは間違いない。
それだけの利権をバラ撒いて見せたし、手応えもあった。
「問題は、教会がどれだけの関与を見せるかだな・・・」
石畳を見つめながらの呟きは、幸いなことに周囲の歓声に紛れて、誰の耳にも届かなかったようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
工房に戻ってからの数日は、何事もなく過ぎた。
「なかなか知らせが来ませんね」
クラウディオなどは、あの時の緊張感がまだ抜けないのか、他の仕事をしていても始終そわそわしている。
「ケンジは、落ち着いてるわね」
事務所で溜まった仕事を片付けていると、茶を淹れたサラが褒めてくれた。
「こちらで出来ることは、何もないからな」
ここまで音沙汰がないということは、闘いの舞台が偉い人同士の場に移っている証拠だ。
下々の俺達に出来ることは何もない。
それに、俺にはニコロ司祭が負けるところなど、想像もつかないのだ。
「もうすぐ、来るさ。それまでに引き渡す資料の準備をしておかないとな」
万が一、ニコロ司祭が印刷業を巡る権力闘争で負けたところで、こちらの命まで取られるわけじゃない。
一方で、勝てば勝ったで、さらなる追加の仕事が待っていることが予想される。
そうであれば、勝ったときの仕事で楽ができるよう、今から手を動かしておくのがいい。
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