第599話 伸びるリスト

怪物退治に有効な毒と罠があれば、力の弱い駆け出し冒険者でも怪物を退治する道が拓けるかもしれない。


白墨で黒板に”駆け出しでも怪物を倒せる方法”と書き込む。


「ようするに、三人組(あのこたち)でも、魔狼ぐらいなら狩れるようになる方法ってこと?」


「そうだな。それぐらいは出来るになるのが、当面の目標だな」


そうすれば、冒険者の下働きをしている駆け出し連中も、自分達だけで怪物を狩ることができるようになるし、下働きの人数が不足するようになれば、その他の下働きをしている駆け出し連中の分前や賃金が上がる可能性もある。


賃金とは、結局のところ需要と供給で決まるものであり、規則(ルール)で定めたところで需要がなければ賃金はあがらないものだ。


「しかし、罠のやり方なんて狩人の食い扶持そのものでしょう?教えて、と言って教えてもらえるものなんですかねえ?」


とキリクが疑問を呈する。


「えー、あたしは村でいろいろ教えてもらったわよ?」


「そりゃあ、村の娘っ子が教えて、と言えば爺さん共は可愛がりついでに教えるでしょうが、普通は教えませんぜ」


確かにサラぐらいおっさんを転がすのがうまければ教えてもらえるだろうが、普通はそうはいかない。


冒険者の中には、ギルドに報告こそしていないが独自の罠やノウハウで怪物を狩っている者もいるに違いない。

ただ、そうやって生計を立てている冒険者からすると、それは飯の種そのものなわけで、競合である若い連中に教える理由がない。


「まあ、それについては幾つか考えはある」


俺が言うと、サラはいつも通りに少し呆れた顔で、キリクは驚いてこちらを見る。


「罠の作り方を教えてくれたら、冒険者ギルドから金を払うのさ。それが有効だったら、成果に応じて金をさらに払う」


「そんなことに冒険者ギルドがお金を出したりするの?」


サラにとって、冒険者ギルドとは報酬をケチる場所、という印象が強いようだ。

そこが金を出す、というイメージがわかないのだろう。


「できる。教会の印を靴に入れるようにしただろう?あれと同じ仕組みを作る」


「同じ仕組みって?」


「そうだな・・・。具体的には、新しい怪物罠には、申請者の名前をつける。例えば”サラ式足罠”とかだ」


「えー・・・あんまり嬉しくない・・・」


「それから、罠の作り方と申請者、必要な材料、設置の仕方を書いた冊子を作って販売する。冊子が売れたら、その一部がサラの利益になる」


「え、ほんと?それなら嬉しいかも!」


「まだある。冊子だけだと作り方や設置の方法なんかがわかりにくいこともあるだろう?そういう場合、先生として教える機会が持てる。当然、その場合にも費用が払われる」


「ほほー・・・」


「怪物罠を考案して、実績をあげるだけで名声と金銭が手に入る。これは、冒険者からすると怪物罠の情報を申請する動機にならないか?」


「なる!・・・と、思う」


「なんだ。何か気になることでも?」


サラが言いにくそうにしているのを見て、キリクが声をかける。


「いや、あんまり言いたくはないんですが、冒険者ってのは学がない連中も多いんで、字が書けねえのにどうやって申請するのかとか、人にモノを教えるとか、そういったことができるんですかね、とか、そもそも、その仕組がいいって、理解できねえんじゃねえかと。聞いてる俺でも、本当にそんなうまい話があるものかって疑っちまうぐらいなんで」


「なるほどな」


新しい仕組み、合理的な仕組みだから必ず浸透するとは限らない。

大事な視点だ。


正しいことをしている、と考えている人が陥りがちな罠の一つが、正しいことをしているのだから受け容れられないのは世の中が間違っている、と考えることだ。


残念ながら、やっていることの正しさと、世の中へ訴える技術の巧拙に関連性は低い。

正しさに甘えず、広告手法についても、きちんと考える必要がある。


”ノウハウや罠の作り方を共有する仕組み”


”新しい仕組みを広告する方法”


黒板に新たに2項目を書き込む。

だんだんとリストが伸びてきた。

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