第600話 たった一つの冴えたやり方

「ねえケンジ、仕事のリストがずいぶん伸びてきたけど、これ全部やるの?」


伸びていくリストを見て、サラが不安げに言う。

今でさえ、仕事は溢れ気味なのだ。

これ以上に仕事増やすことに不安を感じるサラの感覚は正しい。


「いや。そういうことはしない」


俺が否定してみせると、サラは虚を突かれたように問い返してきた。


「そうなの?」


「ああ、しない」


「じゃあ、何のために、このリストを作っているの?」


今までやってきたことに意味がない、と取られるのは良くない。

一度、何のために議論しているのか、整理する必要がある。


「元々の議論のゴールは、ニコロ司祭にプレゼンするために、印刷業を如何にアピールするか。その説得的なストーリーをすることだった。これはいいか?」


まずは議論のゴールの確認。議論のための議論には意味がない。

議論が長くなればなるほど、最初のゴールを見失い勝ちになる。

その意味で、必要であれば何度でも議論の最中にゴールを確認するべきである。


「ええと、うん、そうだったわね」


「それで、今議論しているのは、細かい仕事の話なんだ。印刷業を興すとする。その先に、駆け出し冒険者にとって、どんな利用方法があるのか。どんな役立ち方をするのか。それを駆け出し連中が街にやってきて一人前の冒険者になるまでに、どんな壁があって、それを乗り越えるために、どんな情報が必要か、それを洗い出しているわけだ」


「さっき話してた、具体的に考えるってやつね」


「そう。実際、具体的に考えてみた結果、問題が山積みだとわかったわけだ」


「そうね」


サラが同意したところで、議論の中で出たやるべきことについても確認する。


「一応、リストを確認してみようか。ここまで上がった仕事は4つだ。


・"冒険者が死んだ場合、遺族に連絡してもらえる仕組み”


・"駆け出し冒険者に正しい依頼の請け方を教える仕組み”


・”ノウハウや罠の作り方を共有する仕組み”


・”新しい仕組みを広告する方法”」


黒板に書かれた文字を読み上げる。


「多いわね」


「そう。多い。だけど、4つの仕事を1つずつ片付けるというやり方は、実は効率が良くない」


「そうなの?」


「仕事ってのは、やればやるほど増える。だから、賢く片付けたい」


「たしかに、ちょっと話しただけでこれだものね・・・。だけど、賢く片付けるってどういうこと?」


賢くやろうが愚かにやろうが、例えば畑を耕す作業であれば効率にさほどの違いはない。

だが、問題を解決するには、賢(スマート)いか、そうでないかで、効果も効率も大きく異なる。


「理想を言えば」


サラに、この考え方がわかってもらえるだろうか。少し不安に思いつつも言葉を続ける。


「1つの問題を片付けるだけで、他の問題が全部片付く、という感じで片付けたい」


「・・・ちょっとよくわかんない」


「そうだな。どうやって説明したものか」


案の定、理解はされない。だが、これはサラが悪いのではない。

説明の仕方が悪いのだ。

だが、直線的な問題解決でなく問題をシステム的に捉えて、などと説明したところで理解されるわけがない。


懸命に頭を働かせ、事例をあげる。


「例えば、ここに不味いパンがあるとする」


「ええと、はい」


なぜか座り方を正すサラ。


「このパンが、なぜ不味いのかわからない。だけど、味を良くしたい。不味いパンを美味くするにはどうするか。麦を選び、水にこだわり、名人が捏ねて、最高の釜で焼き上げれば、それは美味いパンになる」


「そうね。なるでしょうね」


「だけど、とてつもなく資金がかかる。それはもう、貴族のパンだ」


「そうね。美味しいけど、普通の人は食べられないわね」


「村のパン焼き名人の叔母さんは、パンなんて焼き加減を間違えなきゃ良いのよ、とか言う。それで、実際美味い」


「まあ、そうね。そういうものよね」


「不味いパンを作っていた人がパンを美味く焼こうと思えば、焼き加減だけをまず、徹底的に練習するのがいい。それでパンは充分に美味くなる。もっと味を上げたければ、それで儲かった金でパン釜を新調するなりすればいい」


「うーん。不味いパンは駆け出しの子達のことよね。要するに、ケンジは、問題を解決するのにパン焼きのコツ、みたいなものがある、って感じてるのね?」


「そういうことだ」


「説明はわかったような気がするけど、そんなものあるのかしら・・・」


リストを眺めながら、サラは眉間に皺を寄せた。

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