第597話 駆け出し冒険者への依頼の仕方

仕事を整理するための議論の途中でなぜか仕事が増える、という超常現象を前にして、思わず無言になってしまったが、なんとか精神を立て直して議論を続ける。

とにかく前にすすめば、仕事が増えたとしても、いつかは減っていくはずだ。


「と、とりあえず詳細を考えるのは置いておいて、先のことを考えるか」


「そうね、そう、先のことを考えないとね!」


サラも現実逃避するかのように、賛成した。


"冒険者が死んだ場合、遺族に連絡してもらえる仕組み”と書いた下に"死亡通知事業の詳細は後で考える"と追記する。


冒険者のための死亡通知事業が必要なことは間違いないが、とりあえず全体像をザッと検討してしまわないと、いつまでたっても先にすすめない。


「冒険者ギルドまで来た痩せっぽっち2人組は、伝手がなくて困ったわけだな。結果として、乏しい資金の中から冒険者ギルドの登録料を払ったにも関わらず、仕事の請け方がわからず、たちまち金に困るようになったんだったな。こういうことは、結構あることなのか?サラの場合は、どうだったんだ」


「どうだったかなあ・・・正直なところ最初はどうしていいかわからなかったけど、弓矢の腕には自信があったから魔物を狩るのに不安はなかったのよね。それで仲間(パーティー)は、わりと簡単に決まったし苦労した覚えってあんまりないのよね。ケンジはどうだったの?」


「俺はまあ・・・年齢も上だったから舐められるようなことはなかったな。ただ、仲間(パーティー)を選ぶ基準はこだわったが」


あれはもう、6、7年は前になるか。

この世界に来たばかりで、右も左もわからなかった頃だ。


「そうだったわね。俺に金を預けろ、そうすれば報酬は5割増しになるとか言って、最初は、なんなのこの男?って思ったわよ。じっさいに組んでみたら、本当に増えたからビックリしたけど」


「必要物資の購入も、素材の売却も見ていられない連中が多かったからな。俺がまとめて管理して交渉した方が絶対に得になる、って話だ。それがわからんやつとは組めないだろう?」


「それが事実だったんでしょうけど、それで組む人がいたってのもすごい話よね。あたしもそうだけど」


「冒険者パーティーってのは、腕に覚えのある連中でチームを組むわけだから、サラや俺のように、何が出来るのかハッキリしている連中はパーティーを組みやすいし仕事も来る。だが、駆け出し連中は、そうはいかない。


だから鍋を背負った3人組のような、炊事ができる、というあり方も考えられるわけだが、そもそも仕事の請け方がわからない、というのは仕事が来る来ないの前の段階だな。


正直なところ、そこまでの駆け出し冒険者の存在は想定していなかった。俺のミスだ」


俺は例外としても、サラの弓の腕のように、わかりやすい冒険者としての技能を持って冒険者生活をスタートできる人間は、幸運な少数派だといえる。


大抵の駆け出し冒険者は何の取り柄もなく、コネもなく、財産もない。

ただ己の健康な体だけを頼みに、無謀な暮らしを始めるのだ。


ただ、その体を張る前の段階で、知識や縁故(コネ)の壁がある。

それを何とかしてやらねばならない。


「冒険者の生活を送っていれば、騙されたり酷い目に遭うことはいくらでもある。ただ、登録した最初の仕事だけは、ちゃんとした報酬を受け取れるようにしてやりたい」


「ちゃんとした報酬って?」


「まず、冒険者登録と最初の依頼をセットにする。そして依頼を果たして初めて冒険者に登録できるようにする。そうしなければ、冒険者ギルドは登録料だけとって依頼を回さない、ということをするようになる」


「そうね、今はそうしてるみたいね」


「そして冒険者登録料は最初の依頼料金を超えないようにする。言い換えれば、冒険者登録をした時の最初の依頼をこなした後で、少額でもいいから手元に残るように登録費用の設定を低くする」


「それだと、冒険者ギルドの儲けがなくなるから、嫌がるんじゃないの?」


「下っ端の登録料での儲けなんて元からないさ。価格を定めているのは、無料にすると冒険者として生計を立てるつもりのない、いい加減な人材が寄ってくるからだ。だから、冒険者登録の条件そのものに依頼の達成を含むようにすれば、結果は変わらない。むしろ、冒険者にまともな人間が増えるはずだ」


「そうなんだ。あたしは最初からゴブリンを狩れたから、そういうのよくわからなかったのよね」


こう見えて、サラは凄腕の弓兵(アーチャー)だったのだ。


「問題は、どうやって最初の仕事の請け方を教えるか、だ」


「冒険者ギルドの人が教えればいいじゃない?」


「冒険者ギルドの窓口の担当者が、駆け出し冒険者に親切に教えているところを想像できるか?」


「・・・無理ね」


冒険者ギルドに顔が利くようになって、窓口の人間たちの俺に対する態度が大きく改善したのは間違いない。

現役の時は俺に嫌がらせばかりしていたのに、今ではこちらが微笑めば強張った笑みを返してくれるだけの関係性を構築できたハゲもいる。


だが、彼らの態度が変わったのは、俺に剣牙の兵団の後ろ盾(バック)があって、教会との縁故(コネ)がある有力者だと思われているからだ。

俺の人徳に伏しているわけではない。


この先、冒険者ギルドのトップが変わったり、俺が没落したら駆け出し冒険者への態度が戻るような方法では意味がない。


"駆け出し冒険者に正しい依頼の請け方を教える仕組み”が要る。


俺は黒板に白墨で新しく項目を書き加えた。

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