第559話 パスタと家庭

「あー・・・サラ?大丈夫か?」


ゴルゴゴが消えて行った工房を見やったまま動きをとめているサラに声をかけると、サラはその場でクルリと体ごとこちらに向き直った。


「ねえ、ケンジ?」


妙に丁寧な言葉づかいが、奇妙な迫力を感じさせる。

普通に答えたつもりが、なぜか言葉が上ずってしまう。


「な、なんだ?」


「その、パスタとかいうの、いつ作ってくれるの?」


作るとは言ったが、いつ作るとは言っていない、などと誤魔化せる雰囲気ではない。

完全に目が座っている。


「まあ1人分なら、誰か料理が得意な人間に任せれば作ってもらえるだろう。2、3日待ってもらえれば」


「明日なの?明後日なの?」


だろう、などという曖昧な回答では許されないらしい。

まあ、サラもここまでよく働いてくれているし、多少の我儘は聞いても良いか、と思い定める。

それに新人官吏達も、パスタとやらに関心が集まっているらしい。


「器械がなくても、少し料理が上手な人間なら作れるかな・・・」


要するに小麦粉を練って細く切るだけの腕があればいい。

パン屋か肉屋に、包丁が得意なのがいるだろう。


「ええと、うちの妻が得意だと思います。もしよろしければ」


そう言って手を上げたのは、この中で一番の年少者のシオンだ。


「つま・・・妻?シオン、結婚してたのか?」


「ええっ!シオン、結婚してたのかよ!!」


「ずるい、自分だってまだ結婚していないというのに!!」


新人官吏達から一斉に上がる、怨嗟の声。


それも無理はない。

彼らのような新人官吏はエリートではあっても若手であり、出自は良くても家産がない。

聖職者達は、どこに赴任させられるかわからないし、剣牙野兵団の連中も危険な仕事である上に、依頼のために国中に派遣されることも多い。

街娘達にとって、少しぐらい見た目が良かったり、身分が良かったとしても、そんなフラフラした男は結婚相手としては考えにくい、ということだ。


ところが、シオンは違うのだ。

俺は当然、工房で働く職人の家庭事情ぐらいは知っているので、納得のいっていない彼らに、結婚相手として見た時のシオンと彼らとの差を説明してやる。


「まったく、何を言ってるんだ。シオンは、この街の出身でちゃんとした市民権を持っている。実家は何代も続く靴職人だし、ここの工房に勤めてからは結構な給与も貰ってる。おまけに工房の若手の中ではピカイチの出世頭だ。モテないはずがないだろう?」


年齢が若く、素直で穏やかな性格で、目端が利いて年長者に可愛がられる。

見た目もわりと可愛らしい。

そういう男は、女性にも普通にモテる。

おまけに勤め先は最近勢いのある工房で、若いのに重要な仕事を任されているという。

身分が平民で、高すぎないのもいい。それでいて、出自もしっかりしている。

結婚相手として、放っておかれるはずがないではないか。


「まあ、そういうことだ。なあ、シオン?」


「え、ええまあ、そういうことなりますか・・・」


気まずそうに目を逸らしていたシオンが気を取り直して、言葉を続ける。


「それで、よければ妻に、パスタ、というもの教えていただければ」


「そうだな。時間を取って作ってもらうか。パスタ、お前達も食べるか?」


「「食べますよ!」」


独身の新人官吏達から返ってきた答えは、なぜかやけくそ気味に聞こえた。

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