第557話 パスタの器械

「ええと、そうだな。食べたいよな」


サラが一歩踏み出して顔を近づけてくるので、少し身体を反らせながら答える。

このくらいの反応は予想してしかるべきだった。


俺としてもサラの要望には応えてやりたいが、手製でパスタの麺をうつ自信など、当然ない。

大体は店売りの乾麺を茹でていたし、手作りの経験と言えばパーティーに招かれた友人宅でハンドルを回すタイプのパスタマシーンを少し触らせてもらったことがあるぐらいだ。


「ちょっとした道具が必要なんだ。俺は自分で作ったことはないんだが・・・」


「道具ね!わかった!ちょっと呼んでくる!」


サラは俺の返事を聞く間もなく、工房の奥に飛んでいってゴルゴゴの腕を引っ張って連れてきた。


「なんじゃ、いったい・・・」


「あのね!ケンジが小麦粉をヒモにする道具を教えてくれるって!」


「ほう」


道具、と聞いてゴルゴゴの顔つきが変わる。


「小麦粉をヒモにする、か。聞いたことのない仕組みだの」


小麦粉の供給そのものが絞られているのだから、それを加工する道具が生まれるわけもない。

特に隠すようなことでもないので、パスタマシーンの経験を思い出しながら、そこらの板切れに図を描きながら説明する。


「小麦粉を捏ねるのに、麺棒という棒を使うんだ。それで小麦粉を平らなシート状にする。それはわかるか?」


「うーん?わかるような、わからんような・・・」


「サラ、ちょっと事務所から小麦粉を持ってきてくれないか?あと清潔な布を少し」


小麦粉は製粉所を企画したときから、事務所の方にサンプルとして各地の石臼で加工されたものを少量ずつ保管してある。

作業台に清潔な布を敷いて、少量の水を加えながら小麦粉をこねだすと、それまでの固い雰囲気の議論が、にわかに料理教室のような雰囲気になる。参加者がサラ以外は男なのがまた、微妙に気の抜けた雰囲気を漂わせる。

何となく工房の方からも、あそこで一体なにをやっているのだろう、と不審なものを見やる視線を感じる、というのは俺の気にしすぎだろうか。


「こうして捏ねて、丸めるだろう?それで麺棒という丸い棒を使って伸ばす」


こうなったら、さっさと済ます手だ。

小麦粉の固まりの上を麺棒で往復させてシート状に伸ばしていき、折り畳んでは伸ばすこと数回、小麦粉の長方形のシートができあがる。


「へー。ケンジ、結構器用なのね」


「まあ、このぐらいは。これを折りたたんでパンにしても美味いんだが、今回の目的はそれじゃない。サラ、ちょっと麺棒を地面と平行にして端を持っていてくれ」


サラに麺棒を保持してもらい、もう一本の麺棒を取り出す。


「パスタを作る器械の原理は簡単だ。小麦粉のシートを2本の麺棒で挟む。麺棒の端に手回しのハンドルをつける。ハンドルを回すと小麦粉のシートが送り出される」


サラが保持している麺棒の上に小麦粉のシートを載せて、ゆっくりと往復させてやる。


「それで、出口に細い刃物を沢山おいてやる。そうすると、送り出されたシートが無数のヒモにわかれる」


「ケンジ、あったまいい!」


「いや、俺の頭は関係ないだろ・・・」


サラの賞賛は嬉しいが、この仕組は知っていただけだから、別に俺が賢いわけではない。

小麦粉が市場に出回った後、食文化の充実に少しだけ貢献できればという程度の思いつきに過ぎない。


「どうだ?ゴルゴゴ、小麦をヒモにする器械の原理は簡単だが、できそうか?」


軽い気持ちでゴルゴゴに振り返ると、ゴルゴゴは目を見開き、半開きの手の平をわなわなと震わせていた。

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