第545話 普通の場合

「うーん、ちょっと良くわかんない・・・」


全員の空気を代表して、サラが言葉を発してくれる。

言いにくいことを直言してくれる存在というのは、組織にとって極めて貴重なものだ。

わからないことをわからない、と素直に言える個人的な特質は、サラの大きな美点だろう。


「そうだな。今のところは、そうならないように頑張る、という程度のものだと考えて欲しい。実際、よほどに失敗をしなければ、そうなる可能性は低いと思っている」


だが、ゼロではない。

起こり得ないことも想定する、という心持ちはいつも必要だ。


「とりあえず先を続けるぞ。次は、普通の場合だ」


「普通って何?」


サラは、ときどき真っ直ぐに過ぎて返答に困る質問をする。


「そうだな。例えば、この銅貨を見て欲しい。これを弾いて表か裏か当てる、というのを冒険者はやるだろう?」


一般的に言って、冒険者は酒と賭け事が大好きだ。

サラは酒しかやらないが、賭け事については何となく知っている。


「するわね」


「今回の場合、例えば最悪の場合というのは、銅貨を弾いて4回連続で裏が出るくらい運が悪かったら起きる、という意味だ」


「うーん・・・それくらいなら、まあ、わかるかな?」


よく考えるとサラに確率計算を教えたことはないが、普段から目にしていた賭け事の延長であれば感覚的に理解できるようだ。

そして、サラが理解できるということは、他の新人官吏たちにも理解できるということだ。

案の定、新人官吏達からは


「なるほど・・・」


「そういうことであれば、備えるという意味もわかります・・・」


などと、納得と安堵の声が上がる。


「つまり、普通というのは、銅貨が4回連続で裏の面になるようなことが起こらない場合のことだ。大抵の場合、起きること。それが、今から説明する普通だ。それでいいか?」


「うん!それならわかる!」


サラが大きく頷くのに合わせて、他の新人官吏達も頷く。


「印刷機を報告して、普通に起きると考えられるのは、教会に印刷機が職人ごと買い取られる、ということだ」


「職人ごと?」


「そう。普通の場合、ゴルゴゴは印刷機と一緒に連れて行かれる。会社(うち)は幾ばくかの金銭と権限を受け取って印刷機の研究や商売は禁止される。ゴルゴゴは教会の監視の元で、どこか知らない場所で印刷機の改良をして、教会は印刷機を使って教会のための印刷物を作るかもしれないし、教会の中の政治的都合で印刷物は出てこないかもしれない。その体制が、教会の印刷機の技術的な優位性が失われるまで、数十年間つづく」


「そんな!ひどい!」


「と、サラは言っているが。教会から派遣されている身としては、どう思う?」


クラウディオとパペリーノの2人は、サラの視線を避けるように少し下を向いて、小さな声で答える。


「そうなる可能性がない、とは言えません」


「教会は正当な対価を払うと思います。ただ、その印刷機という技術の取扱いについては、教会内でも激しい議論が起きると思います」


要するに、そうなる可能性が高い、ということだ。


サラは、そんな2人の様子を小さな下唇を噛んで睨みつけている。

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