第517話 小編成

「遅刻者は多かったが、欠席はなしか」


「そうですね。それに、それほど遅れたというわけでもないですし、影響は少ないのではないでしょうか」


参加者名簿をチェックしたクラウディオも、安心しているようだ。

こちらでも専門家達の宿泊先は押さえておいたので、最悪の場合は人をやって叩き起こすことも考えていたのだが、そこまでの必要はなさそうだ。


「教会の時計で行動する癖がついているのは、街の人間だけですからね」


この街の大聖堂には一定の時刻になると鐘が鳴らされるので、それを目安に動く癖のついている人間が多い。

何かの魔術で動いているらしいが、詳しい原理はわからない。

小さな街や村では、お日様の傾きを元に教会の鐘を鳴らしている、とは聞いたことがある。


「実際、日が登ってから沈むまでの間しか仕事ができないのだから、それで充分なのかもしれないな」


冒険者をやっていた頃も、余程の場合を除いて昼間に行動することを遵守していた。

夜は、どうしたって怪物の時間だからだ。


工学技術のレベル的には、大型の振り子時計ぐらいあってもおかしくない筈だが、一般に普及していないところを見ると技術が高価過ぎるのか、単に必要とされていないのだろう。

あるいは魔術で簡単に代替できるのかもしれない。


「王都の機構士なら、実験レベルで作っているかもな」


とはいえ、そういったことの普及は俺の仕事ではない。

まずは、製粉業の事業を軌道に載せることだ。

そのために、専門家達の能力をうまく引き出してやらないといけない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


全員に茶が行き渡ったところで挨拶を適当に済ませて、早速本題に入る。


「さて。今日は昨日とは少しやり方を変えます。昨日は各専門家の方に前に出て説明をお願いしましたが、本日は小さな班に分かれていただきます。それでは、名前を呼んだ方から移動していただきます・・・」


そうして、事前に名簿で検討していた通りに各専門家がバラけるよう、5もしくは6名の4つの班に分かれてもらう。

各班には、1名ずつ新人官吏もつける。


「これから、2つのことを行っていただきます。まずは昨日の事業全体像の共有です。班の中で自分の専門領域について、説明と質疑応答を行っていただきます。時間の都合もありますので、進行は各班についた私の部下達の指示に従っていただきますようお願いします」


小さな集団に分けることの利点は、責任が明確化され、コミュニケーションが容易になることだ。

全体の説明で理解できなかった点や、質問をしようとしてできなかった点を詰める、言い換えれば事業全体像の共有レベルの底上げを期待しているわけだ。

もっとも全員が説明のスキルが高いわけではないだろうから、そのあたりは各班につけた新人官吏達が補助することになっている。彼らにとっても、小さな集団で専門家達と議論することは貴重な経験になるだろう。


「2つ目は、事業全体に関する改善の提案を行っていただきます。提案については投票と審査を行い、優秀な案には賞金も出します」


賞金、という言葉に参加者たちの目の色が変わる。


こちらが今日の説明会の本命である。

昨日の議論で自分でもいろいろと事業の改善点は浮かんできたが、所詮は個人の知恵と思いつきの範囲である。

ここは専門家達の知見と数の力を借りたい。

そして、本気を出してもらうための競争であり、賞金である。


「専門家の誇りを傷つけないかな?」


賞金を出すことについては心配だったので、事前にサラに相談したところ


「なに言ってるの!お金を出さないほうが誇りが傷つくわよ!」


と指摘された経緯がある。確かに、冒険者であった頃は、技能には値段がついていて当たり前だった。

命がけで仕事をするのだから、金は払って当たり前。凄腕なら、相応に高くて当たり前だ。


そうして議論を始めてもらおうとしたときに、背後から声がかけられる。


「その賞金とやらは、部外者でも貰えるのかな?」


ああ、やはり来たか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る