第516話 大遅刻
翌朝。気分良く起きて教会に行くと、新人官吏達は全員が揃っていたが、専門家達の参加者は閑散としていた。
「日程の都合がつかない者が多かったのか?」
1日伸ばすことは急遽決定したわけで、仕事の調整がつかなかったのだろうか。
参加者が減ったのならば、手順を考え直す必要がある。
少数の参加者で議論をして、印刷して配布という手順もあるか。
などと、算段をしていると
「いえ。皆さん、深酒のため遅刻だそうです。連絡をいただいています」
クラウディオの報告によれば、あの後、すっかり出来上がった専門家達は分宿した宿で朝まで飲み明かしたらしい。
「そういう訳ですので、開催時間は遅らせたほうがいいかと」
「・・・ああ、そう」
なんとも締まらない形で、2日目の説明会は始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「遅れてくる人達のために、茶でも淹れてもらおうかな」
「わかりました。手配します」
飲食の実施は断ってきた会場の教会も、茶を淹れることぐらいは許可してくれるだろう。
深酒をして青い顔で来る連中のために、入り口で茶を配ることにする。
「そういえば、工事の現場で飯や飲み物はどうやって提供するんだ?」
ふと思いついた疑問には、パペリーノが答えてくれた。
「領地内の女性や子供に手間賃を払って、届けることになるはずです」
そうした小遣い稼ぎの機会が齎されることも、工事の経済効果の一つなのだろう。
「寒い日などは、温かい飲み物を飲ませてやりたいものだな」
冒険者時代に、野宿をしていた夜を思い出す。
怪物の巣が近いということで霜が降りる夜にも火が焚けなかった夜は最悪だった。
毛皮にくるまり、歯がガチガチと鳴らないよう革袋から酒をちびちびと飲んでは、干し肉を口に挟み、日が昇るのをひたすら待ったものだ。
「長期の工事になりますし、設備を整えた作業員のための小屋を先に立てることになりますね。それが、そのまま艀の荷降ろしなどを行う労働者の家屋になるはずです」
「そういうことなら、問題ないか」
事務所にあるストーブを屋外使用に普及させられないかと思ったのだが、暖炉のある恒久的な建物が建設されるのであれば、それでいい。
どうしても建設作業員のための小屋というと、プレハブ小屋のイメージが頭に浮かんでしまう。
そうした撤去を前提とした建物であればストーブはうってつけなのだが、今回は不要なようだ。
◇ ◇ ◇ ◇
教会の入口で初日と同じように挨拶をして出迎えると、バラバラと遅刻してきた専門家達は多少青ざめた強張った顔で挨拶を返してきた。
「おはようございます!」
「・・お、おはようございます、代官様」
バンドルフィなどはすっかり恐縮した様子で、小さくなって小走りで教会に入っていく。
他の専門家達の様子も、同様だ。
「代官様は、要求の厳しい方と思われておりますから」
とは、クラウディオの言葉だ。
資金だけ出して事業を丸投げする貴族も多い中で、構想から技術から工程の隅々まで専門家と議論して進めようという施主ということで、専門家達も「甘く見てはならない」という、ある種の同意ができているらしい。
だったら遅刻するなと言いたいところだが、それはそれ、ということなのだろう。
「まあ、眠い頭でいられるよりも、しゃっきり議論できそうでいいことだ」
甘く見られるよりは、多少は怖れられていたほうが、いろいろとやり易い。
今日の説明会も、楽しくなりそうだ。
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